趣味や愉しみ

ジャズ、クラシック、映画音楽。
それぞれの音を最高に引き出すスピーカーと、自家焙煎のコーヒーを味わう「カフェ」

中学生のころから秋葉原を見てまわるほどのオーディオ好き。佐藤悦郎さん(59歳)が集めた音響機器は、マニアもうなるほどの名機揃いです。58歳で“出航”したカフェも、1年経ったいまは、音楽とコーヒーを愛するひとが集まる場所になっているようです。

カフェサンクのマスター佐藤悦郎さん

カフェサンクのマスター佐藤悦郎さんと店内の音響機器

店名の「サンク(CINQ)」は、フランス語の「5」

「このまま、ずっとここで音楽を聴いていたいなぁ」

自家焙煎のコーヒーで、モーニングセットを食べ終わると、ため息をつきながら、そう言って、会社に向かうひと。時間があくと必ず店に足が向いていると言う近所の常連さん。東京府中にあるカフェ サンクは、去年10月にオープン。最高の音で音楽をたのしむことができる喫茶店として、音楽好きのひとたちの間で人気になっています。

たとえば、「シューベルトを聴く」という企画も出ていて、11月にはベリーダンスのイベントも決まっています。結婚式の二次会やミニコンサート、セミナーなど、映像を映すことができる備え付けのスクリーンもあって、いろいろな企画をたのしむスペースとしても活動していくそうです。

店内のオーディオ機器は、オーディオマニアさえも、この店にある装置を見た瞬間に驚いて声を失ってしまうというほどの逸品。機器はすべて、オーナーでマスターの佐藤悦郎さんが、長年かかってコツコツと集めたものです。

音の波間をここちよく漂う

カフェサンク

管球式パワーアンプ「マッキントッシュ(McIntosh)MC275」。

棚に置かれた装置で目立つのは、管球式パワーアンプの「マッキントッシュ(McIntosh) MC275」と「マッキントッシュ(McIntosh) MC240」です。この2つがメインアンプで、プリアンプとして、「LUXMAN(ラックスマン)」「McIntosh(マッキントッシュ) C22」があります。

管球式アンプの特徴は、音が柔らかく、大きな音で迫力のあるサウンドを1日聴いていても、耳に疲労感がないことと、様々な音の表情を引き出してくれるので飽きがこないことだそうです。

スピーカーは、ジャズや映画音楽を聴く時には、「ALTEC(アルテック) LANSING A5」、ボーカルには「CORAL(コーラル) BL-25D」、クラシックは「TANNOY(タンノイ)のAutograph(オートグラフ)。オートグラフは、 フルオーケストラが演奏しているような臨場感があることで有名で、ボリュームをあげなくても高性能なので音が痩せないのだそうです。「シンバルがどこでなっているか、その位置までわかる」と言う人もいるようです。

カフェサンク

左右に並ぶ大きなスピーカーは、タンノイ社の最高傑作ともいわれる「オートグラフ」。その隣は、「ボイス・オブ・ザ・シアター」と名付けられた、アルテックの劇場用スピーカーシステム「A5」。中央の下側に2つあるのが、コーラルの「BL-25D」

実際に、聴き比べをさせていただきました。クラシックは、一つひとつの楽器が奏でる、音の表情が聴こえてくるようです。マイルス・デイビィスの『枯葉』も、ライブで聴いているみたいです。映画音楽はまるで映画館にいるみたいで、企画鑑賞がしたくなる、その気持ちがよくわかります。

20種類のグリーンビーンズ(生豆)。その場で焙煎

カフェサンクカフェサンク

カフェの入り口には、コーヒーの香りが漂っている

店の名前の「サンク(CINQ)」は、フランス語の「5」で、縁起のよい数字だそうです。縁起がよいといえばもうひとつ。カフェサンクは、東京5社のひとつで、武蔵野国(現在の、東京、埼玉、神奈川の川崎市や横浜市のあたり)の総社である大國魂神社の、西の鳥居のそばにあります。

コーヒー好きなら立ち止まらずにはいられないほどの馥郁とした香りが店の外まで漂っているのは、マスターが厳選した世界各地の約20種類のグリーンビーンズ(生豆)を、その場で焙煎(ロースト)しているからです。自宅用、あるいはプレゼント用にと、コーヒー豆を求めて店に来るひとも多いそうです。

カフェサンクカフェサンク

苦み、風味、その両方を引き出すことができる焙煎機

店内で頼むときは、淹れ方を選ぶこともできるコーヒーには、コーヒーによくあうと有名な、ロータスビスケットが添えられています。朝、カフェに立ち寄るひとは、分厚いバタートーストに、ゆで卵とサラダが付いたモーニングセット(108円)を、コーヒーと一緒に頼むひとも多いそうです。

店の入り口から奥に進むと、神社側にある大きな窓に向かってカウンター席が奥まで並び、テーブル席は10席。フランス風のおしゃれな配色の板張りの床は、従業員と一緒に張った手づくりの床。ホールの天井には、ボーズ(BOSE)のスピーカーが埋め込まれています。

カフェサンク

工学部出身なので、店内の簡単な配線も自分で

“本当の音”を自分の耳で聴きたい、それがきっかけに

佐藤さんの前職は警視庁勤務で、仕事は装備の開発をしていたのだそうです。法政大学工学部を卒業。装備の開発では警察庁長官賞のほか、警視総監賞を数多く授与されています。装備資機材開発という側面から事件の解明に活躍し、その仕事は天職だったようです。

オーディオ機器に興味を持った理由を尋ねると、「音を自分で実際に確かめてみたかったんです」と佐藤さんは言います。つまり、雑誌などで専門家やマニアがこぞって名機と言っているものを、自分の耳で確かめてみたいと思ったことが、音響機器を探しはじめたきっかけだったのだそうです。

「店に置いてあるものは、自分が、これはいいと思ったものだけで、実は、ほかにもたくさん眠っている機器があるんです」と、少し照れくさそうに笑って教えてくれました。

カフェサンク

写真の左上のオープンリールテープデッキは、通称「ツートラサンパチ(2Tr.38)」

居合わせた常連の方の説明によると、
「クラシックかジャズのどちらかに特化した、よい音響機器があるという店は東京にもたくさんあるんです。でも、この店が珍しいのは、クラシックとジャズの両方の名機を備えているところなんです。だから、音が好きなひと、機器のメカニックの部分が好きなひと、どちらもが、この店に集まってきます。そういえば、今度、クラシックの協会のひとが音響機器を見にくるそうです」

リスクと思わず、チャンスと思う

喫茶店をはじめた理由を尋ねると、
「52歳のときに、両親の介護をするために、30年間勤めた仕事を退職しました。2人とも亡くなって、カフェの場所に入っていた薬局が移転し、スペースが空いて、さて、何かはじめなくてはと考えたときに、まず思ったのが、オーディオを使って何かできないかということでした。カフェの仕事と前の仕事にギャップがあると言うひともいますが、装備の開発の仕事は、発想と柔軟性が大切なんです。柔軟に考えることは得意なんです」

カフェサンク

一番奥のカウンター席

自然な流れにしたがって考えれば、カフェを開くことが一番自然だったと言う佐藤さんですが、

「とはいえ、カフェの仕事はほとんどがはじめてのことばかり。でも、それをリスクと考えていたら選択肢をせばめることになって、せっかくのチャンスも活かせないと思うのです。それに、カフェという場所は、ひとが集まるところ。お客さまと話をしていると、いろいろなアイデアや情報を持ってきてくれて、気がつけば、1年の間に、自分ひとりでは考えつかなかったようなことも。そうしたことも楽しんでいます」

カフェサンク

リスクもたのしむくらいの気持ちで

「人生を楽しんで生きていきたい」

そう言う佐藤さんがつくるカフェ サンクという宝箱の、宝物のひとつは、そこに集まる「ひと」のようです。その「ひと」たちと一緒に、これからも新しいことを積極的に取り入れていきたいと佐藤さんは言います。もし、最後の決断を迷っているひとがいたら、「まず、やってみたら?」、佐藤さんだったら、そう言って背中を押してくれるような気がしました。

文=水楢直見(編集部)2016年10月取材


カフェ サンク 
カフェ サンク フェイスブック

下へ続く
上へ戻る