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ギターの音色に集まる「ひと色」のハーモニー②

ビートルズ世代、フォークソング世代でもあるシニア層は、楽器に興味を持っている人が多く、退職後の楽しみとして、音楽教室、とりわけギター教室が人気なのだそうです。理由は、若いころの夢をかなえたいということや、楽器を弾くことが脳やからだの老化予防になるということにもあるようです。

ギターの音色に集まる「ひと色」のハーモニー?

音喜多紀義さん

こどもから80代までが通う「府中音喜多ギター教室」主宰の音喜多紀義さん

楽器の教室がシニアに人気の理由

時間ができて、趣味の幅を広げたいと思っているシニアの関心が高いもののひとつに楽器があるそうです。なかでも、ギター、ピアノ、ドラム、バイオリン、フルートなどは特に人気が高く、若いころに弾いていた人や、当時は余裕がなくてできなかった人、もっと上手になりたいという人など、いろいろな人がいるようです。

好きだった曲が流れてくると、あっという間に、当時の自分に戻ってしまうという経験はありませんか? その曲を自分で弾くことができたらと思うだけでも楽しくなります。

楽器演奏は、両手の指を動かすことや、楽譜を読むこと、音を聞き、人と演奏をあわせることなどで、脳やからだに刺激を与えるため大変良いともいわれています。

楽譜が読めなくてもギターは弾ける

「府中音喜多ギター教室」を主宰している音喜多紀義さん(61歳)に、ギターを弾いたこともない、楽譜も読めない人がレッスンに来たら? と尋ねてみたところ、
「楽譜なんて、最初は読めなくても全然関係ないですよ。やってみましょうか」
そう言って、いきなりレッスンがはじまりました。

音喜多紀義さん

楽譜が読めなくても大丈夫

「クラシックギターの弦は6本あります。下から1弦、2弦、3弦、4弦、5弦、6弦。もうひとつ覚えてほしいのはフレット。フレットは上から1フレット、2フレットと順番に数えます。まず、ドは、5弦の3フレットを薬指で押さえて…」というように、ドレミファソラシドを1つずつ丁寧に教えてくれました。

「それで…これがアルペジオ」
うまくはできませんでしたが、知ることができただけで、ギターがすごく近くなったような気がします。そのうえ、音喜多さんの話し方は軽快で、うまくできなくても楽しく覚えることができました。

出会いの数だけ、つながりが広がっていく

音喜多さんは、生徒にギターを教えるかたわら、演奏活動やイベントプロデューサーの仕事をしていて、カレンダーにはスケジュールがぎっしり書き込まれています。人気のブログ『ギターde音喜多』の更新は、その合間に行っているそうです。

数多く手がけるイベントでも、公益財団法人府中文化振興財団主催のフロアコンサート『歌・演奏・ダンスの競演』は、胡弓、三味線、筝、オカリナなどの楽器や歌、日本舞踊、ベリーダンスなどとのコラボレーションが話題となっているそうです。

音喜多紀義さん

話の合間に、曲を弾いてくれる音喜多紀義さん

ライブで音喜多さんは、クラシックはもちろん、ポピュラー、ラテン、ギターソロのジャズなど幅広く演奏します。音喜多さんは言います。
「クラシックギターだけにこだわってはいないんです。ラテン音楽で、ギターを基礎から習おうと思って、この教室に来ている人もいますし、弾き語りや演歌、なんでも教えています」

レセプションでの演奏の、きっかけになった出会い

人を惹きつける明るいキャラクターの音喜多さんは、偶然の出来事が物事を良い方向に持っていくことが、これまでに何度もあったと言います。

「48歳で会社を退職したときも、演奏活動と教室を持ちたいという夢はあったものの、何も決まっていなかったんです。そこへ、講師の話が舞い込んできて」そう言ってアハハと笑うと、「ギターをはじめることになったきっかけも、人に話すと笑われるような話ですが、イベントプロデュースをするようになったきっかけや、ここに来ている生徒さんたちも、出会った人たちが、びっくりするような話を持ってきてくれることでつながっているんです」

音喜多さんは40歳のころ、東京の恵比寿ガーデンプレイスのウェスティンホテル東京で、コロンビアの巨匠と呼ばれる、世界的芸術家のフェルナンド・ボテロが来日したときのレセプションで、ギター演奏を依頼されたことがあるそうです。そのレセプションの依頼にも不思議な縁があったそうです。

「レセプションの少し前に、著名なギタリストの柴田杏里さんのところへ行き、楽譜をもらってギターを弾くレッスンを受けたんです。それで、レッスン料を払おうとしたら、要らないと言われて…」

それから、しばらくしてイベント会社から電話が掛かってきて、レセプションでギターを弾いてくれないかという依頼があったそうです。どうして自分のことを知っているのかと聞くと、なんと、柴田杏里さんからの紹介だと言われたのだそうです。「柴田先生とは初対面で1度お会いしただけ。それもわずか数十分。驚きました」(音喜多さん)

東京アメリカンクラブで演奏することになったときには、行ってみると、300人くらいの人が集まっていて、ある企業の会長が講演する前の、ソロのギター演奏でした。
「スーツで来てくれとは言われていましたが、想像していたよりはるかに大勢の前で弾くことになって、さすがに緊張しましたが、良い経験になりました」

音喜多紀義さん

ギターは音喜多さんの一部

15歳からギターと音楽とともに

音喜多さんがギターを持ったのは15歳。中学3年の夏の日に、「男ならギターくらい弾けなくては」と突然思ったのだそうです。音喜多さんは、それを「天の声が聞こえた」と言っています。それまでは、「剣道や野球、卓球など、スポーツ一筋だった」という音喜多さんは、すぐに通信教育で1年間、ギターを学んで、青森県立八戸高等学校では、クラシックギター愛好会の部長、日本大学では、ギター研究会で部長を務めたそうです。

大学卒業後、クラシックギター、特に輸入楽器を専門とする株式会社ファナ(FANA)に勤め、営業部で26年間、ギターの調整や販売はもちろん、ギター教室の運営や、海外の演奏者のコンサートのプロモート、舞台監督など、ありとあらゆることを経験したそうです。

玉川久實氏、梅本雅弘氏、稲垣稔氏に師事したのちに、1995年からは演奏活動をはじめて10年、「演奏活動をしながら生徒に教えたい」という、かねてからの夢をかなえるために、株式会社ファナを48歳で退職しました。退職してすぐに、宮地楽器(株式会社宮地商会)から講師の依頼があり、今年6月までの12年間、府中センター クラシックギター科でギターの講師をしながら、6年前に「府中音喜多ギター教室」をはじめたのだそうです。

「これからも、多くの人に、ギターや楽器の楽しさを知ってもらうことができたらうれしいし、何よりも人との出合いが楽しい」と音喜多さんは話しています。

音喜多紀義さん

レッスン用の各種サイズを揃えているのでギターは持参不要

文=水楢直見(編集部)2016年9月取材


「府中音喜多ギター教室」

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