趣味や愉しみ

テーマを持って、こころと足の赴くままに。
「オリジナル国内旅行」のすすめ

山、仏像、絵画、桜、温泉…テーマを訪ねる「自分企画」の国内旅行。

久保和子さん

テーマを持って、自由な旅を満喫している久保和子さん

取り入れる「旅」、そして開放する「旅」

「仏像が好き、山が好き、絵画を見るのが好きで、桜を見るのが好き。さらに温泉も好き。パンフレットやインターネットで情報を探して、これだ! と思ったものをピックアップして追いかけていたら、年中、旅をしていなければならなくなってしまった」
そう話すのは、会社で事務と会報誌の編集の仕事をしている久保和子さん(67歳)。

「旅の項目を羅列すると、あれもこれもと、とりとめもないように見えますが、私の中では、きちんと整理されているんです」
そう言って、ニコリと笑います。

どのように「整理されている」のかを聞いてみると、
「冬は、山に行けないから仏像を見に行く。だから冬はもっぱら、仏像拝観が基本で、夏は山。仏像は、私にとって、こころの中に取り入れるもので、山は日常のモヤモヤを吐き出す旅。そう思っています」

久保和子さん久保和子さん

左:「日本のマッターホルン」とも呼ばれる北アルプス(飛騨山脈)の槍ヶ岳は、標高3,180m/写真撮影:久保和子
右:槍ヶ岳の南に対峙する大喰岳(おおばみだけ)。色を添える高山植物/写真撮影:久保和子

さらに聞くと、
「仏像と対峙して、対話をしていると、いつしか一体となって、ドーンと心に響くものがくる。作者の思いが伝わってくる。そんな感覚を味わうことができるので、とても、こころが満たされます。山は、それとは反対に、しんどい思いをして登るのですが、心地良い風に吹かれながら、眼下に広がる日常の世界とかけ離れた風景を眺めていると、日々のわずらわしさが忘れられて、とても、こころが癒されるんです。だから『山』の旅は、こころを吐き出して開放する旅なんです」 
             
その話を基本に考えると、絵画を見るのは「仏像」の旅と同じで、こころで受け止めるものを求める旅。桜を見に行く、あるいは温泉に行くのは「山」と同じで、「こころを吐き出す」旅ということになります。

確認すると、久保さんは、「はい」と うなずいてから、
「たとえば、東北のひなびた温泉宿に泊まって、ゆっくりお湯につかり、郷土料理を肴に地酒を飲んで、そこで出会った人たちと話していると、本当にこころが開放されていくのです」

架空旅行も「旅」を楽しむための発見になる

久保さんの話し方は独特で、順番に話を進めるストーリー展開ではありません。一瞬、「えっ!?」と思うこともあるのですが、感覚的に揺さぶられるものがあり、いつのまにか話に引き込まれている自分がそこにいます。対話とは、言葉を交わすことではなく、「こころ」でするもの。久保さんが、旅先ですれ違った人と、充実した時間を過ごしている情景が目に浮かぶようです。

久保和子さん

西吾妻山に点在する高層湿原。磐梯山を望む/写真撮影:久保和子

旅に興味を持ったきっかけを尋ねてみると、
「子どものころから、旅行の本を見るのが好きでした。社会人になって、働くようになると予算がたてられるので、いくら貯まったら○○に行こうと計画を立てて、日常は時刻表やガイドブックを見ながらの架空旅行を楽しみます。架空旅行をしたうえでの現地視察ですから、1回の旅行で何重にも楽しめるのです」

特典のついた切符を利用してつくる旅のプログラム

結婚して、子どもができて、一時中断していた旅ですが、 子供たちが大学を卒業して社会人になったことと、離婚も引き金になって、20年前にまた出かけるようになったそうです。
「ふたたび旅行に行きはじめて、以前と変わったところは、物見遊山の旅からテーマを持ったものにーーそういうと大げさですが、自分の視点を持った旅が増えました。今風にいえば、シングルアゲインを楽しんでいるのです」

久保和子さん

夜明け前の槍ヶ岳/写真撮影:久保和子

久保さんの旅は、会社に勤めながらの旅なので、いわゆる時間がたっぷりある悠々自適の旅ではありません。
「JRの『青春18きっぷ』とか、『大人の休日倶楽部 ジパング』など特典のついた切符を利用したり、深夜バスを利用してのケチケチ旅行。自分ではそう思っています」

目的にとらわれない「旅」。それが魅力

久保和子さん

槍ヶ岳の頂上直下に建つ槍ヶ岳山荘。創業は大正15年。360度の大パノラマは圧巻。北アルプスを代表する山小屋のひとつ。

ときには、旅先で出会った人の話を聞いて、時刻表をめくって、途中で行き先を追加する、自分だけのオリジナルの旅のプログラムを楽しむそうです。

「旅から帰ってきて、その話をすると、なかには旅をする目的は何かと聞いてくる人もいるんです。そのたびに、あなたは人生の目的を持っていらっしゃいますか? とその人に尋ねます。誰も明確には答えられません。私の旅も、それと一緒です。そう言うと、皆さん黙ってしまいます。目的はあくまで目的。したいことをするために行動して、人に会って、自由に変化していくものだと思うのです」

久保和子さん

山の上から見る虹は、また格別/写真撮影:久保和子

大事なことは目的ではなく、「やるべき何かを持っていること」。それが、人生を充実させる秘訣なのかもしれません。いきいきした表情で話す久保さんを見て、そう思いました。

登山で知り合った人たちが発行している同人誌で、久保さんのエッセイは評判がよく、ときどき依頼されて書いているそうです。
「文章を書くことは、自分のこころと素直に対話すること」、そう話す久保さんですが、文章を書くことも、久保さんにとっての「旅」なのかもしれません。

文=水楢直見(編集部)2016年7月取材

下へ続く
上へ戻る