いま注目のあの人

第18回:80歳がヒロインのコミックス『傘寿まり子』作者 おざわゆきさん

いま輝いている素敵な人からお話を聴いてみたい。ただ、その想いでインタビューをするのが、このコーナー。今回は、現在、『BE LOVE』(講談社)で連載中のコミックス『傘寿まり子』の作者おざわゆきさんを訪ねました。ヒロインが80歳というシニア世代をテーマに描かれた作品が、幅広い読者層から支持されているそうです。この作品を描かれた理由など、人気の秘密を探ってきました。

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イメージ/撮影:弓削ヒズミ

80歳シニア女性が主人公のコミックス『傘寿まり子』

皆さんは、『傘寿まり子』(講談社)というコミックスをご存知ですか? 現在、『BE LOVE』(講談社)で連載中で単行本は6巻まで出ている人気作品です。この作品、なんと主人公が80歳のシニア女性! 家出、ネットカフェ難民、同棲など、さまざまな問題が起こります。7月13日には単行本7巻が発売予定のこの話題作の作者・おざわゆきさんに、作品について、いろいろとお話をお聴きしました。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

■『傘寿まり子』を読みまして、80歳のヒロイン・まり子が、これまで私たちが取材で接してきたシニア世代の人たちと共通点が多く、とてもリアルな作品だなという感想を持ちました。なぜ、ヒロインを80歳にしたのでしょうか?

まず、私の母が80代であること、踊りの稽古で、ご一緒している生徒さんたちも年配の人ばかりと、身の回りに年齢が上の人が多い環境にいるので、題材として描きやすいかなと思ったところがありました。それと高齢者がマンガのキャラクターだったらおもしろいかなと思いました。同年代よりもかなり上ということで、まだ描かれていない未知の年齢です。それで高齢者を主人公にするのもおもしろいかなと。

かつての作家仲間の葬儀。家族と暮らしていながら、家のなかで亡くなったことも気づいてもらえなかった旧友に、まり子は自分を重ね合わせた(『傘寿まり子』1巻P34より)/©おざわゆき/講談社

■物語を組み立てる上で、モデルになるような人などいたのでしょうか?

最初は誰というのはなくて、常日頃のニュースで報じられている高齢者が接している問題などを見聞きして、最初の設定のベースが出来上がりました。あとは母を見たり、街角を歩いている高齢者を見て、わりと皆さん元気がいいなとか。あとは話が進んできて、専門的な話を出す必要が出てくると、専門のWEBマガジンをやっている人や、ゴミ屋敷の業者さんに取材をするということはありましたね。

■『傘寿まり子』の中には、「終の住処」「孤独死」「認知症」「シニアの働き方」など、シニアの抱える問題がたくさん出てくるので、すごくシニアの状況にお詳しいなと思いました。

意識していたわけじゃないんですけど、親が同じような年齢なので、いろいろ気になってしまいます。興味を持って見ていると、高齢者の人たちが抱えるさまざまな境遇が、時代とともに変化しているんだなと感じてました。それは同じく、高齢者の人たちも「進化」しているのだと感じました。

家を飛び出たまり子は家を借りようと不動産へ行くが、高齢者の一人暮らしという理由で断られてしまう(『傘寿まり子』1巻P45より)/©おざわゆき/講談社

■『傘寿まり子』では、ヒロインがインターネット上で「文芸誌」を作ろうとしています。シニア世代とインターネットの関係については、どう思われていますか?

うちの母、父は80代後半、90代になりますので、さすがにインターネットの「イ」の字もわからないという感じになっています。接する必要のない世代というか、必要であれば若い世代の人に調べてもらえばいいので。スマホも使いこなせないですし、写真を撮るのがせいぜいなぐらい。そういう時代背景の人たちです。それより下の世代の人たちはインターネットに接する機会が増えています。特に壁を感じることなく使っているのが、70代以下の人たちのような気がします。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

■物語の中で主人公の家族は4世代であったり、物語が進むなかで若い世代のキャラクターが登場してきます。「世代」というのを意識されているのかなと思ったのですが。

キャラクターを考えた時に、ヒロインが高齢者ですので、まったく環境の違う人という意味で若い人を存在させています。違うからこそ生まれるギャップのおもしろさ、お互いがいかに順応していくか、そのあたりの楽しさを物語として作れると思うんです。

私の世代は、ちょうど、ヒロインたちシニア世代と若者の世代の間に挟まれているというか、いろんなものを抱えてしまっている世代として描くことが多いですね。

私の親は元気なので介護とかはまだですけど、親を看なくてはいけない友人もたくさん居ます。親世代もそうですし、自立しきれない子どもの面倒もみないといけなかったり、核家族化と言われて久しいんですが、意外と切り離されていないのが、私たちぐらいの世代なのかなという気がするんですね。

だから物語のなかでは、私と同じ世代が、そういう意味で愚痴を言う係というか、解放されていない世代として描かれていますね。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

■ヒロインのまり子さんをはじめ、シニアを描く際に気をつけていることはありますか?

基本的には自分と懸け離れた存在ではないという意識で描いています。それでも高齢者なので、30年後の私に置き換えながら、どういう考え方をするのか、身体能力はどうなっているのか、想像しながら描く感じです。

最初は、あまり高齢者をメインで描くということがなくて、おばあちゃんをヒロインにすることに苦労しました。シワクシャなおばあちゃんではヒロインとしてどうかなと。やはり可愛い人として描かなくてはいけないっていうので、葛藤があったんです。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

第1話は、わりとシリアスな内容の話なのですが、それを書き終えたら、主人公まり子さんが自由になると共に、私もまり子さんを掴みやすくなり、おばあちゃんを描いて楽しいなと思えるようになりました。もともと、前作では戦争モノを描いていましたので、今風の人よりも昭和っぽい人のほうが得意みたいで、どちらかといえば等身低めの昭和らしい人を描きたがるんですね。

そういうところで、おばあちゃんを描くのは有利だったのかもしれません。そんなに手足が長い感じでもなく、わりと昭和っぽい体格と身長だし、さらに若い人でもないので、背筋がしゃんとしてないとか、走る時に思い切り走れないだとか、そういうところは気をつけつつ描いてます。まり子さんは、すごく元気ですけど、おばあちゃんらしい動きを気をつけて描いてます。

昔、憧れていた男性と取材旅行に行く途中、男性は高速道路を逆走してしまう(『傘寿まり子』2巻P161より)/©おざわゆき/講談社

■『傘寿まり子』の読者はどんな方が多いのでしょうか?

はじめは掲載誌『BE LOVE』の読者で、私と同い年ぐらいの、30〜50代の人でした。そこで最初に反応してくださったのは、40〜50代の方で、読んでいて、上の世代の人の話なんですけど、すごく身につまされたようです。将来、こういう風になれるのかな、とか、そういう感じの感想をもらいました。中にはお母さんにも作品を読んでもらって「母もおもしろいと言ってます」って声もいただいてます。

去年のはじめぐらいに、WEB上で漫画を掲載(※)していただき、それで反応が多かったのが、サラリーマンなど男性の方でした。『BE LOVE』では、あまりない反応が多かったということです。そのあと、秋にNHKのテレビ番組で紹介していただいて、テレビを見ている世代、それこそ、まり子の世代が、『傘寿まり子』を読んでくださるようになりました。70代、80代の方からお手紙をいただき、元気をもらいましたとか、希望が持てましたという感想が届きました。

(※)傘寿まり子 |BE・LOVE|講談社コミックプラス

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

■これまでの物語のなかで、ご本人が、気に入っているエピソードがあったら教えてください。

いろんな箇所があるんですけど、一番って言われると、ちえぞうさんの話(第16話〜21話)になります。ちえぞうさんを描いた時は思っていなかったんですが、描き進めていくうちに、実家の母を重ねてしまいました。私も母が名古屋に居て、離れて暮らしているので、あまり帰れないで申し訳ない気持ち、罪悪感みたいなものがあって、それが反映されてしまった回だったなと思います。ちえぞうさんと娘さんの葛藤から心の交流に繋がるところで、実家の母を思い出してしまいましたね。そういう意味では、思い入れのある回でした。

東京で迷子となってしまった、ちえぞうが上京前の娘との記憶を思い返す(『傘寿まり子』4巻P76より)/©おざわゆき/講談社

■これからの展開はどうなっていくのでしょうか?

まり子の柱は、第一に高齢者としての問題、そして、まり子が編集者であることです。これからWEBで活躍する部分がありますので、そこで立ち上がる問題を絡めながら、高齢者問題というシリアスな問題があった場合に、まり子が、編集者であり高齢者でもあるという立場で、どういう風に問題に関わっていくのか、今後、問題があるたびに展開を考えられればいいなと思っています。

一世風靡の大物作家・小桜蝶子がゴミ屋敷に住んでいることがネット上でバレてしまい騒ぎとなってしまう(『傘寿まり子』6巻P94より)/©おざわゆき/講談社

■家族の問題も残ってますね。

家族の問題はちょいちょい、どこかで出しつつ、どういったらいいのかわからないんですけど、私は家族については、リアルにも大団円になることはないかなと思っています。自分自身生きていてもそう思うので。

まり子なりの解決があると思います。生きていくうえで、どうしてもすっきりしない部分を抱えているので、それを、みんながいかに昇華していくか、それが高齢者を取り巻く家族の姿じゃないかなと思っているんですね。それは、まり子がいかに受け止めていくかという話になると思います。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

■これからシニア世代となる方にメッセージをいただけないでしょうか。

高齢者を取り巻く社会問題が深刻なのは、いまも昔も変わりませんが、日々、新しい問題が出てきているわけじゃないですか。思いもよらなかった事件が起きたり、介護費用の補助の問題とか、まり子の世代はもちろんですけど、面倒を見ている(私たちの)世代も、将来どうなっていくのか不安になってしまいますし、ニュースサイトを見るたびに暗い気持ちになります。

現実には厳しい問題もたくさんあるかもしれないけど、『傘寿まり子』を読んでいただいて、まり子のような解決の方法もあるから、自分ももう少しうまくいけるのかな、もうちょっと、いい感じで生きていけるんじゃないかなと、ちょっとした希望を持ってもらえたらいいと思いますね。重圧だけじゃなく、軽い気持ちになって欲しいという意味でも、まり子を描いています。

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『傘寿まり子』作者・おざわゆきさん/撮影:弓削ヒズミ

シニア世代にとって現実的な問題にぶつかりながらも、常に前向きな姿勢で乗り越えていくヒロインまり子さんには共感できるものが多く、これからのシニアライフの指針として、ぜひ、爺ちゃん婆ちゃん.com読者の皆様にもご紹介したいと思いました。このインタビューで興味を持たれたら、ぜひ、ご一読ください。

文・写真=弓削ヒズミ(編集部)2018年6月取材


■ Profile ■
おざわゆき

漫画家。愛知県名古屋市出身。少女漫画誌「ぶ〜け」でデビュー。2012年、父のシベリア抑留体験を元に描かれた『凍りの掌 シベリア抑留記』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。2015年、『凍りの掌 シベリア抑留記』と母の戦争体験を元に描かれた『あとかたの街』で第44回日本漫画家協会の大賞を受賞。2018年、講談社・BE・LOVE連載中の漫画・傘寿まり子が第42回講談社漫画賞一般部門を受賞。

講談社コミックプラス『傘寿まり子』

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