いま注目のあの人
“多世代交流”の老人ホームに挑戦!日本一の社会福祉ヒーローは、仙台市の田中伸弥さんに決定
社会福祉の最前線で活躍する若手を表彰する「社会福祉HERO’S(ヒーローズ)」賞の全国大会が12月10日、東京・渋谷で開催されました。7人のファイナリストが登場。会場の投票の結果、グランプリには、宮城県仙台市の特別養護老人ホームで働く田中伸弥(のぶや)さんが輝きました。多世代交流を目指す、田中さんの珍しいプロジェクトを紹介します。
「社会福祉ヒーローズ」賞とは?
社会福祉の分野は、介護予防や生活支援など高齢者サービスとも密接に関わっています。しかし今、現場では深刻な人手不足の問題に直面しています。その背景には「閉鎖的」「暗い」といったネガティブなイメージがあるといいます。
こうしたイメージを打破するため、全国社会福祉法人経営者協議会(以下:全国経営協)が2018年に創設したのが、社会福祉の第一線で活躍している若手を表彰する「社会福祉ヒーローズ」賞です。
2019年12月10日(火)、東京・渋谷で2回目となる「社会福祉ヒーローズ」賞の全国大会が開催され、グランプリの「ベストヒーロー賞」に輝いたのが、宮城県仙台市の特別養護老人ホーム「萩の風」に勤務する、38歳の田中伸弥(たなか・のぶや)さんです。
介護・福祉の分野で活躍する6人の審査員と、大学生や専門学生ら59人の投票で最多得票を獲得した田中さん。その取り組みは、とても興味深いものでした。
母親の死で考えた「命のバトン」
現在、田中さんは仙台市で「入居者と住民が交流しあう特別養護老人ホーム(特養)」という、業界でも珍しいプロジェクトに挑戦しています。特養とは、在宅での生活が難しい要介護3以上の高齢者が入れる公的な「介護保険施設」です。民間に比べて低料金なため、入居待ちが多いとされています。
田中さんは、母親の死をきっかけに、「命のバトン」とは何かを真剣に考えるようになります。そして、自らが働く老人ホームで、地域の人たちと入居者が出会える“多世代交流の場”を作りたいと思ったそうです。
公園・駄菓子屋・・・多世代が交流する老人ホームを目指す
この日、壇上ではファイナリストによる、約10分間のプレゼンが行われました。田中さんは、老人ホームと地域を繋ぐ取り組みを明かしました。
その1つが、老人ホーム内に駄菓子屋や子ども食堂などをオープンしたこと。施設には近所の子供や母親が訪れるようになり、高齢者との触れあいが増えました。また、老人ホームと地域を隔てる壁を取り除き、住民が自由に行き来できる“公園”のような庭を完成させる予定だといいます。
通常、地元の人たちとは接点の少ない老人ホームですが、田中さんは、オープンな施設を目指し、誰でも気軽に入れるような取り組みを行っています。
看取りで、生きるを学ぶ
田中さんは「看取り文化の再構築」にも挑戦しています。これは入居者を孤独にさせずに、最期を迎えるまで職員をはじめ、地域住民を巻き込んで交流するというものです。
田中:自分たちのホームで、地域の人と入居者が出会える接点を作る。そして交流して、その先にある死を閉ざしたものにはしない。
ある入居さんの死では、交流のあった施設スタッフの子供も一緒に看取りをしたエピソードを紹介。その時に子供が感じた想いなどが「命のバトン」として繋がっていくのではないかと語りました。
アンバサダーの谷まりあ 福祉のイメージは「笑顔」
この日、アンバサダーとして登場したのは、モデルの谷まりあさん。テレビ番組『世界の果てまでイッテQ!』でタレントの出川哲朗さんと共演するなど、若者を中心に人気です。谷さんは、実際に福祉の現場を訪れて、みんなの「笑顔」が印象的だったことを明かしてくれました。
谷:現場に行くとリアルな1日を知ることができて、貴重な経験をしました。そして日頃から、もっと福祉に関する会話をしてもいいんじゃないかなと思いました。私もSNSとか最大限に使って、福祉の現状を発信したいですね。
次世代を担う、日本のヒーローたち
大会では、田中さんの他にも全国から事前審査を通過したファイナリスト6人が登壇。ステージ上で、地域での活動や仕事への想いをプレゼンしました。
Jリーグチームとオリジナル体操を考案
山口県防府市「ひとつの会」谷口洋一さんは、運営する介護事業所に入居する高齢者と、地域住民の健康増進を目的に、地元のサッカーチーム(J2)「レノファ山口」と共同で「レノファ健康元気体操」を考案しました。
チームの応援ソングに合わせ、前後左右に腕や足を動かすなど、全身の筋肉を鍛えられる体操を組み立てました。
現場発のアイデアで、保育士の“働き方改革”実現
大阪府大阪市の江東会で働く福島里菜さんは、運営する保育園に勤務する保育士の「NO残業NO持ち帰り」「有給休暇100%消化」や、子どもたちと地域の交流を目的とした「お買い物体験」「地域清掃」などを職員同士で企画し、保育現場に珍しい息吹を吹き込んでいます。
現場職員16人とともに、働き方や地域との関わり等に関する改善策を話し合う会議を月に1度実施しながら、年間15件以上のアイデアを園長に提案しています。
障がい者が農業に携わる「農福連携」&農地保全に挑戦
石川県羽咋市「弘和会」の宮中経助さんは、就労継続支援B型事業所「ライフサポート 村友」に勤める障がい者20人が、世界農業遺産の能登の「自然栽培農法」を用いて、羽咋市で多様な農作物を生産(2017.5~)する取り組みを農家と協働し、実施しています。
1.6万平米の敷地で、米や大豆のほか、戦後に生産が一時途絶えたことから「幻のサツマイモ」と言われる県産品種「兼六」などを栽培。収穫した農作物は、安全性を示す県の認証を取得するなど、高い評価を得ています。
108歳のモデルも!入居者によるファッションショー開催
大阪府豊能郡「豊悠福祉会」の中嶋ゆいさんは、所属する特別養護老人ホームを活用し、少子高齢化や限界集落の問題を抱える豊能町の“町おこし”ができないかと考え、住民を巻き込んだファッションショーを企画・開催しました。
2018年は2回の開催で、計300人の住民を動員することに成功。最高齢108歳のモデルを筆頭に入居者が、ドレスやタキシードを着てランウェイすると、介護施設にこれまで縁の無かった住民らが集まりました。
熊本・岡山の被災地に派遣、“福祉の力”でサポート
京都府城陽市「南山城学園」の佐藤走野さんは、被災地の避難所などで高齢者や障がい者、乳幼児らを福祉の面から支援する、京都府の災害派遣福祉チーム「DWAT(ディーワット)」の隊員として、熊本地震や岡山県豪雨災害時に現地入りし、避難所環境の整備に取り組みました。
そこでは、慣れない避難所生活を過ごす住民の相談所も開設。運動不足という声にラジオ体操を導入するなど、小さな悩みも汲み取って合計100件以上の相談一つひとつに、丁寧に対応しています。
日本初!小学校の“障がい者作業所”は、グッドデザイン賞受賞
福岡県糟屋郡志免町「柚の木福祉会」の藤田智絵さんは、小学校の中の空き教室(余裕教室)を活用し、知的障がいのある方々が働く福祉作業所「ふれあいの部屋」を運営。日本初の“小学校の中の障がい者作業所”を実現しました。
現在も、6人の障がい者と児童が休み時間に共に遊び、遠足や運動会などの行事にも一緒に参加しています。
社会福祉を変える、日本を変える!
社会福祉の最前線で活躍している若きヒーローたち。現場は人手不足や財源不足などネガティブな要因が多いのは確かですが、彼らの取り組みを聞いていると、福祉のイメージはかなり変わってきます。
今回、グランプリに輝いた田中さんを取材すると、老人ホームに対する現状と、こんな希望を語ってくれました。
田中:今は、老人ホームも様々な選択肢が出来る時代です。しかし高齢者の多くは、お金があれば有料老人ホームを選択します。私が運営している特養(特別養護老人ホーム)は昔で言う、長屋の家なんです。多様性があり、有料老人ホームよりも安いけれど、イメージが良くない。こうした部分を変えて、老人ホーム選びの幅を広げたいのです。
今回の取材で発見したのは、日本の社会福祉をより良くするためにチャレンジを続ける若者が全国各地で続々と誕生しているということでした。日本の福祉は「まさに今」大きく変わろうとしています。
文=大屋覚
■ Profile ■
大屋 覚(放送作家・ライター)
テレビや書籍、Webマガジンを中心に活動中。医療・福祉・介護分野を中心に取材や執筆を行う。NHK、民放キー局の情報番組やスポーツ番組なども手がける。早稲田大学・同大学院修了。静岡生。