社会の知識を学ぶ
「不自由になってもITがある」老後の生活をラクにする便利な支援機器
スマホやタブレットといったテクノロジーツールは福祉介護の分野で幅広く活用されています。アプリや周辺機器も便利になり、価格面でもハードルは下がっています。今回は障がいのある発明家の男性に同行して、身体が不自由になっても生活をラクにしてくれる便利な支援機器の現状を取材してきました。
IT(情報技術)機器を使いこなそう
高齢で足腰が弱くなったり、視力や聴力が衰えてくると、人との対話や触れ合いが億劫になり、家の中に閉じこもってしまう方も少なくありません。
これまで自らの力で出来たことが難しくなると不安を抱えたまま家にこもり、出歩く回数も徐々に減っていき、心身ともに悪循環になっていきます。
しかし自分の体が不自由になってもIT機器を使いこなすことで、日常生活の選択肢を広げて、イキイキと元気に暮らしている高齢の方は多いです。
たとえば脳梗塞で体が不自由になり、話すことも難しくなったとします。それでもIT機器を活用すれば、指先などのわずかな動きで自分の想いをラクに伝えることができます。
「IT機器」と聞くと少し身構えてしまいがちですが、最近は生活支援をはじめ、さらなる自立、就労への機会を得るための便利な機器やアプリが揃っています。
障がいのある発明家に同行
取材に協力して頂いたのは東京都に住む発明家の広畑豊さん(70)です。戦後のベビーブーム世代である広畑さんは、30歳過ぎに脳性麻痺による二次障害で車いすの生活になりました。それからはADL(日常生活動作)の改善やQOL(生活の質)の向上を目指し、自身の生活に必要な自助機器具類をいくつも発明しています。
広畑さんが開発した機器のひとつに「電動布団かけ機」があります。これは夜中の寝返りや排尿時に掛布団を自動に上げられる装置で、動作がラクになります。暑くなった時に少し上げることで体温調節も可能です。
この日、訪れたのは 東京都障害者IT地域支援センター 。ここには障害のある方はもちろん、高齢者が使っても便利なアプリや数多くの支援機器が展示されています。広畑さんに今回の目的を尋ねてみました。
広畑「最近、キーボードで使用していた自作のジョイステックが壊れたので最新のIT機器について相談に来ました。あと会話に便利なアプリも見つかれば嬉しいですね。」
障害をもつ広畑さんの言葉は聞き取りにくいですが、慣れると良く理解できます。一体、どのような便利な支援機器があるのでしょう。
最初は「困った」の相談から
東京都障害者IT地域支援センター (以下、支援センター)では主に「展示室での機器の展示」「センター内での機器の体験実習実施」「障害者のIT支援者養成研修」などを行っています。
広畑さんは、この支援センターを何度か訪れておりスタッフの人とも顔見知りでした。いきなりITを活用しようとすると苦手意識を感じる方も多いと思うのですが、利用するコツがあるといいます。
広畑「まずは事前に困っていることを電話やメールで相談します。それから実際に訪れて体験してみる。展示品が多いので当日までに幾つか試用したいものを用意してもらうと良いですよ。」
高齢になると病気や事故で障害を抱え、日常生活に困難を生じるケースも増えてきます。そうした場合でもIT機器を活用することでコミュニケーションや趣味、ショッピングなどがスムーズに行えるそうです。
わずかな動きで思いを伝える
広畑さんは自宅にある4畳半の空間を作業スペースとして使用。デスクにはパソコンやモニターを3台設置して、キーボード操作には細い棒を握りやすくした自助具を用いているそうです。
すでにYouTubeなどでお目当ての支援機器について調べ、事前にメールでスタッフに探している製品を伝えていました。そのため来訪時には検討している支援機器が準備されていました。
広畑さんが探しているのは、わずかな手の動きでポインタやアイコンをコントロールできる障害者向けのポインティングデバイスです。力の弱い方や震えや不随意運動のある方でも簡単に入力操作をすることが出来ます。
他にも補助装置の中には、わずかな手の動きで入力した文章を合成音声で伝えられる機器もあります。しかも日本語から英語、中国語、韓国語、スペイン語などへ翻訳することも可能です。
広畑さんはスタッフが用意した支援機器の説明を熱心に聞いていました。そして新しい支援機器に関する提案も受けました。
広畑「知らなかった情報をたくさん教えて頂きました。今日の内容を整理して検討したいです。ここ(支援センター)ではパソコンやタブレットを使った様々な体験講座もあるので、まずは参加してみるのもありですね。」
進化するスマホやタブレット
ここ数年でスマホやタブレットは急速に進化しています。 東京都障害者IT地域支援センター の今津葉子さんに尋ねました。
今津「福祉の分野でも便利な機器やソフトは増えています。こちらでも無料で使えるアプリなどを紹介しています。障がい者への法律が整ってきたことで社会環境や企業の意識が高まってきているように思います。」
福祉の分野でアプリや周辺機器が広がっている背景には、2014年に日本が障害者権利条約を批准したことも影響しています。
2016年4月1日には障害者差別解消法が施行されました。障害者差別解消法は、障害のある人もない人も互いにその人らしさを認め合いながら共に生きる社会をつくることを目指しています。
現在は、障がいをもつ人への合理的配慮が行政機関や民間に広がっています。
視力や聴力が衰えてきたら
東京都障害者IT地域支援センター では障害のある人に便利なアプリを数多く紹介しています。
たとえば、読書を支援するアプリでは音声で読み上げてくれたり、カメラ機能を利用して物の識別や色の判断をしてくれるアプリもあります。
視力や聴力が衰えてきた方はチェックしてみてはいかがでしょうか。
<生活をラクにしてくれる便利なアプリ>
✅ iPhone、iPad用・障害のある人に便利なアプリ一覧
ITで老後を豊かに
今回は発明家の広畑さんとともに、身体が不自由になっても生活をラクにしてくれる支援機器の数々を見てきました。
そして障害者や高齢者こそ、ITのメリットを最も享受できる層なのかもしれないと思いました。
視力や聴力が衰えてもアプリや周辺機器を活用すれば自立した生活を送れます。コミュニケーションをとる技術がもっともっと進化すれば、人との対話や触れ合いも増えます。
人生100年時代を元気に生き抜くために。ITを活用した様々な支援や環境整備は新たなステージに入るのかもしれません。
全国にもITサポートを支援している機関やセンターがありますので、興味のある方は気楽に相談してみてはいかがでしょうか。
文=大屋覚
≪参考≫
■ Profile ■
大屋覚(ライター・介護福祉アナリスト)
高齢者、障がい、子育ての現場に携わり問題解決のサポートを行っている。WEBメディアやテレビ、書籍を中心に取材や執筆を担当。早稲田大学・同大学院修了。