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《コラム》ダボハゼ見聞記
第2回「リタイア後」

七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマー、ダボハゼのぺぺさんが、好奇心の赴くまま、自ら見て、聞いて、体験したことを、シニア世代の本音として、また団塊世代の視点で綴る不定期連載コラムです。今回のテーマは「リタイア後」。ダボハゼのぺぺになるまでの経緯が語られています。

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ようやくリタイアしたものの…

人生100年時代到来! 少し前までは人生80年と言われた。いずれにしろ、リタイア後の自由時間が倍以上ある。現役の頃は、リタイア後に、あれをしよう、これをしようと思い巡らせていたのに、いざ、リタイアすると、さて、なにをしようかとなかなか踏ん切ることができずにいるのが大方であろう。

というのも、男の場合、なかなか裃を脱ぐことができないのである。功成り名を遂げて、さてボランティア活動と思っても、人様に頭を下げることができない。あるいは、カルチャー教室を覗いてみようと思っても、大勢を占めるオバさまに恐れをなし、冗談のひとつでも言わなければと思うと苦痛となる。

ダボハゼのぺぺへの道

ここで、オイラが今のような姿となった経緯を少し長くなるが語ってみたい。

オイラの場合、元々絵とクラシック音楽が好きだった。高校時代は美術部に入ったし、50前に油絵の教室に数年通った。個展を開くのが夢だったが、それもかなわず、中途半端に終わってしまった。クラシック音楽は、中学の頃、ラジオでコンサートの公開録画を募集していたので、友人と文京公会堂に足繁く通った。小澤征爾が海外から帰国し、<第九>凱旋公演を武道館で行った時も観に行った。憧れだった。彼の指揮振りを真似して、ショスタコーヴィチの<第5番>を家で練習したもんだ。

仕事に就いてからは、なかなか余裕がなく、音楽に接する機会もなかったが、中年となり、余裕ができ始めた頃から、再びコンサートを覗くようになった。そうした中、<第九>を歌ってみたいと思った。いつも、聴く側だったが、あそこの舞台に立ち、オーケストラと一緒に歌えたら、感激もひとしおだろうと考えた。たまたま新聞で募集していた「第九と皇帝」合唱団員に応募した。案の定、女性コーラスが大勢で男性コーラスは不足しており、応募したら待ってました!という感じだった。オーチャードホール、東京国際フォーラムホールと舞台に立つことが出来、今までの風景が180度変わり新鮮だった。

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イメージ/写真:無料写真素材 写真AC

そうこうするうちに、今度はオペラ、オペレッタにハマリ、その舞台に立ちたいと思い、アマチュアオペラ楽団<G座>に入団。団員は、オイラの子ども世代。みんな仕事を持ちながら、土日の休日を潰し、稽古に打ち込んでいる。アマチュアとは言え、自前のオケ、バレエ団を持つ本格的な楽団である。

そこで、合唱団員として、いくつかの舞台に立ったが、ここで学んだことが大いに後年役立った。特にステージング、メイクなど。

はてさて、そうこうするうちに、今度は合唱団員ではなく、ソロで歌いたいと思うようになった。読者の皆さんは、随分気の多い男だと思っているに違いない。現に、学生時代の友人から「お前、仕事と趣味、どちらを優先してるの?」と聞かれ、オイラは即座に「趣味!」と答えた(^-^)。

変わるきっかけはシャンソン曲「老いぼれ役者」

最初、オペラアリアやカンツォーネを歌いたいと思い、カルチャー教室に入ったが、偶々その先生がシャンソンを教えていたことから、シャンソンを習うようになった。さらに個人レッスンのS先生に付き、10年ほど習った。

あるとき、歌友から「この歌貴方に合っているから、歌ってみたら?」と言われ、早速楽譜を取り寄せた。それが「老いぼれ役者」というシャンソンだった。この曲が、オイラのその後の人生を決定付けるものとなった。最初に口上が入る。「旅回りの芸人! 歌うコメディアン! 陽気で哀しく子供っぽいピエロ! 落ちぶれた芸術家! 華やかな役者! それでは皆様、ご紹介しましょう! ロコと呼ばれた有名な役者を!」

若い頃は、ハンサムで女性にモテて、世界一周クルーズや大統領閣下の前で披露したものだが、今じゃ、落ちぶれ、老いぼれ、ドサ回り。でも、あたしの身体には熱い血が流れ、まだまだ若いモンにゃ負けないぞ!といった内容の歌。

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2012年ごろ、シャンソンを歌うぺぺさん/写真提供:ダボハゼのぺぺ

オイラ、この歌を歌うときに、クラウン(ピエロ)姿で歌ったら受けるとふと思った。そこで、クラウン学校やパントマイムのワークショップに通い、クラウンの所作やメイクを覚えた。発表会でクラウン姿で歌ったら大ウケ、ブラボーをもらった。

その後、老人施設等でボランティアをするようになり(この辺のいきさつは、爺ちゃん婆ちゃん.com<いま注目のあの人第回>を参照してください)、引き出しを増やすため、指笛教室に行き、指笛を習得、さらに、バルーンアート、マジックを独学で習得し、広く浅くレパートリーを増やしていった。

現在は、毎回ワンマンショー!1時間でも足りないくらい。シャンソンを歌い始めて20年。歌い初めの頃に現在の自分の姿を想像すらできなかった。

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クラウン姿のぺぺさん/写真提供:ダボハゼのぺぺ

人生を豊かにする ペペ流の極意

以上、長々と<ダボハゼのぺぺ>が成り立つまでの経緯を書きましたが、要は、

  1. 自分の好きなことをやること
  2. リタイア前に始めること
  3. 最低10年は続けること
  4. 過去に拘泥しないこと
  5. 出会いを大切にすること

これらがリタイア後の人生を豊かにする必須要件である。

幸いオイラと同じ団塊の世代の皆さんは、若い頃から音楽に親しみ、バンド活動等趣味も多岐に渡り、リタイア後の人生に困る人は少ないようだ。

ただ、彼らにも頭を悩ませているのが一つある。カミさん!? カミさんも同じこと言ってる!?

文=ダボハゼのぺぺ


■Profile■
ダボハゼのペペ
(だぼはぜのぺぺ)
東京都江戸川区の小岩生まれ。年齢不詳。クラウン、日本シャンソン協会正会員、元・笑い療法士など、七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマーとして、福祉施設や老人ホームなどでボランティア活動を行う。シャンソン歌手としてライブにも出演。2010年より「カーボンオフセット・コンサート・アソシエーション」を立ち上げ、地球温暖化防止推進団体へ寄付するためのコンサートを主催する。
公式Facebookページ

関連記事=2017年2月27日掲載『七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマー・ダボハゼのペペさん①
関連記事=2017年3月06日掲載『七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマー・ダボハゼのペペさん②

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