趣味や愉しみ
風のように自由でしなやかに。
自分で考えて自分で行動する生き方②
ふと入ったレトロな雰囲気の喫茶店。マスター、荻原公さんのオリジナルのコーヒーの入れ方に驚き、その味を堪能しながら聞いた外国での仕事の話、旅の話、写真の話など。そのなかから見つけた究極の言葉は「一歩前に出る勇気を持つ」ということでした。
風のように自由でしなやかに。自分で考えて自分で行動する生き方?
笑顔の素敵なマスターの荻原さん
喫茶店の壁に掛けられたオーロラの写真
赤煉瓦のレトロな雰囲気に誘われて入った喫茶店で、アイスコーヒーを飲みながら話を聞いているうちに、もう一杯、荻原さんのネルドリップのコーヒーが飲みたくて、ホットコーヒーも注文してしまいました。
赤煉瓦のエル ビエント(EL VIENTO)
ふと壁に目をやると、そこにはみごとなオーロラの写真がありました。
写真は、マスターの荻原公さん(69歳)がイエローナイフで撮影したもの。カナダのイエローナイフはオーロラを見ることができる有名な場所で、北極圏の400km南に位置しています。
イエローナイフのオーロラ/写真撮影:荻原公
「とにかく自然が好き」と言う荻原さんは、3年前にはアフリカのボツワナ北部、オカバンゴの大湿原に行き、木の上にいる豹を5mくらいの距離に止めた車のなかから撮ってきたそうです。
オカバンゴの木の上の豹/写真撮影:荻原公
したいことをするための方法を工夫して考える
フィルムのカメラをずっと使っていた荻原さんですが、キャノンからEOS 5Dが出て、はじめてデジタルカメラの性能に関心を持ち、6400まで増感してもノイズの出ないシャープさを知って、Canon EOS 6Dを購入したそうです。オーロラの写真はEOS 6Dを使って撮影したものです。
イエローナイフのオーロラ/写真撮影:荻原公
イエローナイフのオーロラ/写真撮影:荻原公
荻原さんが写真を撮りはじめたのは小学生のころ。おじさんのカメラ「フジペット」を持って動物園で撮影したのが最初でした。その後、ヤシカ エレクトロ35や、高校生のころには父親の持っていたアサヒペンタックスSPを使い、山の写真を撮りはじめてからは、小西六(現コニカミノルタ株式会社)のパールも使っていたそうです。
高校生のころには、プロカメラマンしか使わない現像所でフィルムを現像し、その後、知り合った映画関係者にフィルムをもらって「パトローネ」という容器に詰めて手製のフィルムもつくっていたそうで、みごとな写真の数々もすべて自己流なのだそうです。
一歩前に出る。カメラが手になじむまで撮り続ける
「写真を撮るときに基本にしているのは、通信社の知人から教わった『一歩前へ出ろ』そして『全体を抑える』『部分を抑える』という取材をするときのプロの方法です。あとはカメラが自分の手になじむまで撮り続ける」ということでした。「頭で考えていただけでは写真は撮れません」と荻原さんは言います。
ブッポウソウ/写真撮影:荻原公・オカバンゴにて
仕事では、「記録のための写真を撮っていた」と言う荻原さんの、その仕事は「旅から帰ったら連絡をくれ」と言われるほど特殊な仕事だったので報酬も良く、お金がなくなると帰国して、また仕事をする、という生活を続けていたそうです。当時の平均初任給の6倍近くの月収だったと教えてくれました。
仕事やプライベートで海外経験の多い荻原さんの最初の旅は、大学卒業の年にインドからヒマラヤ、旧ソ連を1年近くかけて回ったときのこと。日本に帰って、会社勤めを約2年、南米に約3年滞在して、日本で9年間、会社勤めをしたのちに、1986年に喫茶店をオープンしたそうです。
喫茶店の名前の「EL VIENTO (エル ビエント)」はスペイン語の「風」で、荻原さんの人生をタイトルにしているような、そんな気がしました。
イタリアのドロミテ(ドロミーティ)の山/写真撮影:荻原公
緻密に考えて大胆に行動する。旅も生き方も自分で決める
荻原さんは山岳会も主宰していて、毎年、お正月には北アルプスへ登っているそうです。「若いころから、なんでも自分で考えて自分で行動する習慣がついていた」と言う荻原さんは、アマゾンで食料がなくなったときには、オレンジや芋、動物を捕り、現地の人と暮らして、移動手段でカヌーや筏をつくったりもしたのだそうです。そのときのことは、中公新書『奥アマゾン探検記(上・下)』(中央公論社/1978年/向 一陽著)に紹介されているそうです。
木にとまるハゲワシ/写真撮影:荻原公・オカバンゴにて
危険な目にも遭ったのではないかと思ってお聞きしたところ、
「旅に出たら自分の身は自分で守る。そのためには99%大丈夫だと思うことしかやっていないし、情報収集もしっかりするので危険な目には遭わないんです」という答えが返ってきました。
情報を集めるために荻原さんは、現地の大使館に直接行くそうです。
「旅行の代理店も大使館で情報を集めているのだから、同じことをすればいいんです。親切に教えてくれますよ。予定が変更になったときの航空便も、航空会社に直接聞きます。そのほうが柔軟に対処できるんです」
言われてみれば、その通りなのですが、経験を重ねていないと、なかなかできそうにありません。
イエローナイフ以外に、フィンランドや、北欧ノルウエーのノールカップやトロムソなどでもオーロラを撮影してきたそうですが、気象状況によって見ることができないこともあったのでは?と聞くと、「きちんと調べて行けば、必ず見えます」と自信にあふれた答えが返ってきました。荻原さんの話を聞いたあとなので、その言葉にも素直に頷いてしまいます。
荻原さんの言葉は、常に明快でシンプルで、経験に基づいたものなので、心にストレートに飛び込んできます。限られたところにしか公開していないという写真をお借りすることができたのも幸運でした。
文=水楢直見(編集部)2016年7月取材