活躍の場を探す

からだを動かして、音楽を聴いて。
高齢者に、関西弁で「元気」を広める伝道者

体験から編み出した高齢者向けの運動プログラムや、高齢者に懐かしい音楽を聴いてもらう講演が人気となっています。話術にひきこまれて、聞いているほうは何度も声をあげて大笑い。気配り上手で、人の笑顔をつくる天才は、大きな構想に向けて活動中。

黒田逸実さん

父親の病室に持って行ったレコード

「15年前、父が脳梗塞の後遺症で話せなくなったんです」
そう話しはじめたのは黒田逸実<はやみ>さん(63歳)。父親の病室に通ううちに思いついたのが、「父の大好きだった石原裕次郎さんの『銀座の恋の物語』(テイチク)を聴かせてみよう」ということでした。

音楽が趣味の黒田さんはレコードを持って病室に行き、レコードに針を落として曲が流れはじめたところ、どこからともなく声が重なって聞こえてきたそうです。

「まさかと思ったけど、父が『こころの?そこから?』って歌っていたんです」

驚いて聞いていると、大好きだった歌だけあって最後まで歌詞を間違えることなく歌いきって、終わると、またピタッと口を閉じてしまったそうです。

「んな、アホな。いま、歌ったじゃん。でも、曲が終わったら元に戻った。え?、そんなアホな(笑)そう思いましたよ」
そんなふうに独特で軽快なリズムの関西弁で話してくれたのです。

黒田逸実さん

自宅のリビングは、モノトーンで統一された心地よい空間に

持っているジャズのLPレコードは2600枚

黒田さんが集めたジャズのLPレコードは2600枚。
「中学生のころに流行していたのは、スコット・マッケンジーの『花のサンフランシスコ』、ローリング ストーンズの『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』、ザ・モンキーズなど。当時はバカにしていた曲も、聞くと、なぜか1秒でルンルンした気持ちになって中学生のころに戻ってしまう。そんな自分の経験もあって、親父の部屋にレコードを持って行ったんです」

父親の病室での体験から、音楽の持つ効果を、黒田さんは現在、活動しているNPO法人のプログラムにも取り入れはじめたそうです。

黒田逸実さん

黒田さんの自宅にある真空管のステレオ

こどもから高齢者まで、元気で笑顔の街づくりを

2年前にスポーツクラブを退職した黒田さんは、現在、特定非営利活動法人スマイルクラブのスマイルタウン事業部で、高齢者向けプログラムやマニュアルをつくり、活動しています。

NPO法人スマイルクラブは、「Google インパクトチャレンジ2014/2015」の、「高齢者のための介護予防モバイルジム」というプランでファイナリストの6組に残り、助成金2500万円を受け取りました。プログラムは今年4月から始動していて、海外での提携も決まっているそうです。

黒田逸実さん

マットを使ってプログラムの説明をする黒田さん

「高齢者のための介護予防モバイルジム」は、NPO法人スマイルクラブの、こどもから高齢者までが元気で笑顔のあふれる街づくり「スマイルタウン計画」のひとつなのだそうです。

ボランティアでケアハウス回り。高齢者のからだの動きを学ぶ

「スマイルクラブは、2000年にNPO法人になったのですが、体操教室みたいなことをやっていたころの夢は、体育館を持つということでした。NPOの代表とは家族ぐるみのつきあいだったので、『そしたら、体育館の端っこに部屋つくって、俺、ジャズ喫茶のマスターやるわな』と冗談で言っていたら、それがホンマ(現実)になったんです」

「いずれ、NPOに参加している人たちの年齢も高くなる」そう考えた黒田さんは、デイサービスの高齢の人たちのからだの動きを勉強させてもらうために、ボランティアでケアハウスを回り始めたそうです。そして、懐かしい音楽を聴いてもらうというプログラムも取り入れたのです。

黒田逸実さん

黒田さんのかけ声で、手を上に

市の社会福祉協議会へは、ボランティア活動の申請をして助成金ももらいました。中心になっているのは、運動とレクリエーションなのですが、「高齢者にはやはり思い出の懐かしい音楽ははずせない」と黒田さんは思っているそうです。

音楽は、こころが若返る鍵になる

NPOの活動をはじめて2年間で買いそろえた3000枚のドーナツ盤のなかから60枚を選び、自家用車に積んだ台車を使って、みんなが待つケアハウスの部屋まで運びます。音楽を聴きに来ている80歳くらいの人たちからリクエストを募って、黒田さんは懐かしい曲を次々とかけていきます。

黒田逸実さん

かける前にレコードを簡単に紹介する黒田さん

『イヨマンテの夜』(歌:伊藤久男/コロムビアミュージックエンタテインメント)がかかると、どこからか声が聞こえてきて、1人の男性が朗々と歌いあげました。『ラストダンスは私に』(歌:越路吹雪/EMIミュージック・ジャパン)がかかると、椅子に座ったまま、足だけ動かしている女性もいます。一緒に歌ったり、手拍子を打ったりしているみんなの顔を見ていると、当時の面影が重なって見えるようです。

黒田逸実さん

黒田さんの持ってきた60枚のレコードのなかから、聴きたいものを選んでもらう

「レコードプレーヤーはテクニクス(Technics)の33 1/3回転、45回転に、78回転もついているんですよ」
音楽の話になると、黒田さんの話す言葉はますます熱くなります。

黒田逸実さん

黒田さんの自宅の「1970年代の部屋」

自宅には、「1970年代の部屋」と、その隣には、大好きだという「バウハウス」風にモノトーンでまとめられた板張りの部屋があります。活動の忙しい合間を縫って、好きなレコードをかけながら、ゆったりと過ごすひとときは格別なもののようです。

現在、黒田さんはNPOの活動で、からだが不自由な人、お金がない国、施設がないところなどの、いつでもどこでも誰でもできる運動プログラムを、筑波大学の教授や昔の仲間と一緒になってマニュアルをつくっている最中だとか。「エアスポーツ」。そのお話は、また、今度聞かせていただきたいと思います。

(文 編集部:水楢直見 2016年7月取材)


任意団体クロダマハウス

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