趣味や愉しみ

第2回 : ミュージック駄話 「Wasted Time」
レコーディング雑記 vol.2

1950年代生まれは、ロカビリー、ロックンロール、フォーク、ポップスと、音楽市場の黄金期とともに青春を過ごしてきました。そんな「音楽」を愛し続けた60オーバー世代に送る音楽コラム「Wasted Time」。竹内まりや独身期のマネージャーを務め、いまも音楽業界を見守る元ライブハウス店長・中島 睦さんによるミュージック駄話。

中島 睦

「レコーディング雑記 vol.2」

いまのようなPCやデジタル機器がなかった時代、レコーディングはプロフェッショナル集団に支えられてきました。ミュージシャン達のあうんの呼吸、エンジニア達の職人技など、さまざまな要素が重なり、「スタジオマジック」と呼ばれる、奇跡的な演奏が記録されることもありました。
第1回:レコーディング雑記 vol.1

中島 睦

スタジオ風景イメージ

70年代から80年代中期ごろまでは、レコーディングは必ず「リズム録り」と言われるモノから始まりました。スタジオに各パートのスタジオミュージシャンを呼び、初めて演奏する楽曲を譜面を見ながら「せーの」で収録することです。

よくリズム録りを、1テイク、2テイクでOKするというのは、プロのミュージシャン達の楽曲に対する「新鮮な感覚」がそこに集約されるという理由があります。

しかしvol.1で書いたように、スタジオ使用料もエンジニア料金も、もちろんミュージシャンのギャラも高額なため、時間つまり「お金」との戦いがあるのも否めない訳です。

そんな事情のなか、「リズム録り」でのスタジオの支配者は、日本の場合プロデューサーでもディレクターでもなく、アレンジャーとエンジニアとプロミュージシャン達でした。プロデューサーやディレクターの仕事は、それ以前のコンセプトワークと楽曲決めや、直しが最重要であり、リズム録りのスタジオではベテランほど口を挟みませんでした。

写譜屋が普及するまで、アレンジャーが時には徹夜で仕上げた(といってもマスターリズムしかない)譜面をコピーし、セロテープで貼り付け、ミュージシャンとスタッフ分用意するのが、スタジオでの僕らアシスタントの最初の仕事でした。

その間にエンジニアはドラムやアンプへのマイキングを行い、各ミュージシャンのサウンドチェックを手際よく終え、楽器の鳴りとピークレベルを確認します。

ミュージシャン達が副調(コントロールルーム)に揃い、(聴く価値がある場合は)作曲家やシンガーソングライターのギター一本、ピアノ一発の曲デモをワンコーラス流します。

中島 睦

スタジオ風景イメージ

自分が選んだそのミュージシャン達がどんな演奏をするのか、何ができるのかを、当然アレンジャーは熟知しています。アレンジャーは譜面の注意点を必要に応じて各人に確認し、「まあ○○○みたいな感じ」と軽く雰囲気を伝え、スタジオのアシスタントにドンカマのテンポを指示します。

一部始終を聞いているベテランのエンジニアは何気なく卓のイコライジングの再調整を始め、ほっとくといつまでも喋っているミュージシャン達を「じゃ、やろうか」とスタジオへ追いやり、アレンジャーも大抵同録するミュージシャンなので一緒に入り、さりげなくレコーディングが始まるのです。

お金を払う側、つまりプロデューサーやディレクターは、録音する楽曲がどんなアレンジで、どんなリズム体の感じとなるのかは、スタジオで1テイク録るまで、ほとんど想像出来ません。ましてや仕上がりなど先の話です。譜面のキメが難解だったり、行き方がちょっと普通じゃない場合は軽く練習したり確認しますが、大抵いきなりテープを回して録りだしてしまいます。

もちろんプロミュージシャン達は間違えることもなく、途中で止まることもなく、しっかりと最後まで演奏し、1テイク目を録り終えます。そして副調に戻りみんなでプレイバックを聴きます。そこでさらに各ミュージシャン達がアレンジャーの意図を理解し、雰囲気をつかんで、自分が表現すべき事を把握するのです。

もっと良くなると踏んだアレンジャーが、「じゃ、もう一回やろうか」となると、よく『スタジオマジック』と呼ばれるものが生まれます。

1テイク目でも何も問題のないプレイをする一流ミュージシャン達が、その曲を「判ってしまった」後の演奏は「グルーヴ」が連なり、自分たちの技術と感性をここぞとばかり表現し、さらに磨きが掛かった素晴らしいテイクをテープに残せるのです。ごくまれにわざと違うコードを弾く場合や、譜面には無いキメをあうんの呼吸でやってしまうこともあります。そんなこんなが『スタジオマジック』と呼ばれるものなのです。

アレンジャーは演奏終了後、何事もなかったかのように「聴いてみよっか」と、そのテイクがOKであることを伝え、みんなで副調に戻り、そのテイクを真剣に聴き、ブレイクでのドラマーのフィルににやりとし、笑顔で「じゃ次の曲行くけど、どっか直したい人は?」となる訳です。

そしてふと思い出したようにスタジオのど真ん中に座っているディレクターに、「あ、いいですよね?」と尋ねます。むろん望んだ質の高いリズムトラックが出来るのを判っているからこそ、そのアレンジャーに依頼した経験値の高いディレクターは、「もちろん」とさらなる笑顔で答えるのです。

中島 睦

80年代のアメリカ・ロサンゼルスのスタジオ風景。左から、ジェイ・グレイドン、デヴィッド・ハンゲイト、デヴィッド・フォスター、スティーブ・ルカサー、ドラムはもちろん故ジェフ・ポルカロ/写真提供:中島 睦

当時そんなスタジオでの感じは、LAでもNYでも同じだったはずです。

プロ同士の連係プレイとスタジオマジック、顔を見合わせてやるレコーディングだから残せた、わずか1テイク、2テイクでの素晴らしい演奏音源の誕生なのです。

第3回:レコーディング雑記 vol.3に続く


■ Profile ■
中島 睦(なかじま・むつむ)
東京都出身。大学在学中に、音楽制作のアシスタントを始める。
竹内まりや独身期のマネージャーを務め、その後、音楽制作・コーディネイト会社に入社。松任谷由実、久保田利伸始め、数多くのコンサートコーディネイトを担当し、数十枚のCD音源制作ディレクション・プロデュースを手掛ける。またプロミュージシャン・アレンジャーのマネージャーなどを兼任。
2002年ライブバー、渋谷WastedTimeを立ち上げるが、2016年5月惜しまれつつ閉店。
現在はフリーランスで音楽制作プロデュース、ライブハウスのブッキング等を行っている。

中島 睦
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