趣味や愉しみ
第6回:ミュージック駄話「Wasted Time」
「レコーディング雑記 vol.6」
1950年代生まれは、ロカビリー、ロックンロール、フォーク、ポップスと、音楽市場の黄金期とともに青春を過ごしてきました。そんな「音楽」を愛し続けた60オーバー世代に送る音楽コラム「Wasted Time」。竹内まりや独身期のマネージャーを務め、いまも音楽業界を見守る元ライブハウス店長・中島 睦さんによるミュージック駄話。
「レコーディング雑記 vol.6」
前回に引き続き、パート楽器ごとのレコーディング風景をご紹介していきます。同じプレイヤーといえども、担当楽器によって、かなり考え方や行動が違うようです。そんな主張の強いミュージシャンたちをまとめていくのも、当時のレコーディング仕事の一環だったようです。
第5回:レコーディング雑記 vol.5
今回もレコーディング工程ダビングのお話の続きを。
<ハモる方々>
まずはニューミュージック・歌謡曲系に不可欠なコーラスパート。
70?80年代コーラスチームも男性、女性さまざまなメンバーがいました。その頃から今でも現役の方も、特に男性には多くいますね。一人でコーラスを重ねる作業は達郎さんレヴェルだったらともかく、時間が掛かりすぎるので、声質の合う方を3人くらい呼んでチームを作るわけです。
3人で三声ダブルなどをちゃんとした音量レベルとマイクで録音すると、特にアナログテープではバランスを取り、的確なリヴァーブを付けて再生すれば、その質感と広がりはとてつもなく魅力的でした。
写真は1980年当時、LAで最も売れっ子だったコーラスチーム。Bill Champlinとその仲間たち。その後Billはシカゴに加入した/写真提供:中島 睦
コーラスは曲中の「Woo,Ah(ウー、アー)」物はともかく、サビの字ハモ(歌詞付きの主メロにコーラスを付ける)は歌手の歌入れが終わってないと、本来は出来ない作業です。
巧いヴォーカリストにハモリを付けるのならば良いのですが、アイドル物となると話は変わってきます。
もちろん歌の上手な方もアイドル系には居ましたが、まともに歌えない子も数多くいて、そんな子の歌入れは壮絶でした。今みたいに機械で補正も出来ないので、ここはレコード会社のディレクターの出番なのです。
とりえあえずエンジニアが少ないトラックをやりくりして、3チャンネル位を空けて準備しておきます。歌入れ当日、忙しいアイドルの時間のない中、マネージャーから「3時間でよろしく」とか言われ、とにかく、そこそこ行けそうな歌のテイクをだましだまし録っていくのです。
歌いなれていないアイドルは2時間ぐらい歌い続けてると、疲れて声質が変わっていきます。時間との戦いでもありました。そして本人帰った後、ディレクターはエンジニアやスタジオアシスタントと協力し、チャンネルセレクターを駆使してどうにか歌のOKチャンネルを一本作りあげる訳です。
とはいえ細かいピッチのズレはどうしようもなくて、それにハモリを付けるコーラスチームは苦労したと思います。当時コーラスのおかげで、本人の歌の下手さをカバーした曲なんていくらでもあります。
コーラス録りはアレンジャーの注文によっては異常にトラックを使うので、よくピンポンブレイクがありました。それまで録ったコーラスの6トラック位をバランス取って、別のトラックのLR2chにミックスして移し、新しいトラックを確保する作業時間のことです。
現場でアイデアが出過ぎて、勢いで空いているトラックをどんどん浪費していき、気がつくとピンポン先のトラックがない…、スタッフ全員顔面蒼白という事態もありました。
<クラシックな方々>
生のストリングスが起用されるレコーディング現場は少なくなっているが、アーティストやアレンジャーなら一度はレコーディングで使ってみたいはず/写真:弓削ヒズミ
ホーンセクションのダビングも大好きでしたが、個人的には多くの演奏者が集う弦のダビングが一番好きでした。当時、日本にも、さまざまなストリングスチームがあり、楽曲によってアレンジャーの好みとスケジュールで各チームが呼ばれていました。
日程が決まってインペグ屋通して発注すると、チームリーダーがその時空いていて、優秀な音大出(現役学生も)の弦楽器の人たちを集めるのですが、メンバーには驚くほどの美人がいたりして、それも楽しみのひとつでした(絶対、声とか掛けません…)。
6・4・2・2の編成が多かったのですが、たまに8・6・4・4・2などという大編成でレコーディングするときもあり、もちろん対応出来るスタジオは限られていましたが、ロックサウンドに生の弦楽が入るのにはとても興奮したものです。
クラシック上がりのアレンジャーがたまにスタジオ内で指揮を取ろうとするのですが、弦チームのリーダーから「あー、そんな棒振られるとかえって判らなくなるので、居なくて良いです」とか言われて、すごすごと副調に引き上げてたらしいです(笑)。
弦のアレンジは大変で、もちろんセンスと知識が問われる訳で、アレンジャーは大抵徹夜で書き上げていました。で、アレンジャーがスコアを朝8時頃、写譜屋さんにFAXして、当日13時REC開始の前までに、各パート毎に人数分写譜したのを持って来るわけです。
しかし、時間が無い中で写譜ミスも多かったのです。
ある日ストリングスチームのダビングが始まって一発目、ダビング箇所が終わってテープが止まると、スタジオ内がざわついています。美人のヴァイオリニストが隣の子の譜面を見比べ始めます。
弦のリーダーが「○○君、これだと音当たってるよー!」。
アレンジャーがマスター譜を持って慌ててスタジオに飛び込み、クラシック専門用語が飛び交って譜面のチェックが始まります。
ああ、また写譜ミスかと、エンジニアはコーヒーを入れに、スタジオを出て行くのです。
■ Profile ■
中島 睦(なかじま・むつむ)
東京都出身。大学在学中に、音楽制作のアシスタントを始める。
竹内まりや独身期のマネージャーを務め、その後、音楽制作・コーディネイト会社に入社。松任谷由実、久保田利伸始め、数多くのコンサートコーディネイトを担当し、数十枚のCD音源制作ディレクション・プロデュースを手掛ける。またプロミュージシャン・アレンジャーのマネージャーなどを兼任。
2002年ライブバー、渋谷WastedTimeを立ち上げるが、2016年5月惜しまれつつ閉店。
現在はフリーランスで音楽制作プロデュース、ライブハウスのブッキング等を行っている。