趣味や愉しみ

第8回:ミュージック駄話「Wasted Time」
「レコーディング雑記 vol.8」

1950年代生まれは、ロカビリー、ロックンロール、フォーク、ポップスと、音楽市場の黄金期とともに青春を過ごしてきました。そんな「音楽」を愛し続けた60オーバー世代に送る音楽コラム「Wasted Time」。竹内まりや独身期のマネージャーを務め、いまも音楽業界を見守る元ライブハウス店長・中島 睦さんによるミュージック駄話。

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「レコーディング雑記 vol.8(最終回)」

これまでの話で、昔のレコーディングでは演奏者、エンジニア、スタッフら、職人的な技が存在していたことがわかりました。最後は、まさに、2016年の流行語大賞「神ってる」という言葉にふさわしい、そうした「神ってるエピソード」をまとめてみました。

>>第7回:レコーディング雑記 vol.7

レコーディング雑記、連載の最後は、レコーディング時、僕が驚いたちょっとしたエピソード集をお届けします。

<エンジニアの耳>

「リズム録り」時に経験した初期の記憶です。ドラムのサウンドチェック。

ボーヤがドラムスのセッティングを終えると、エンジニアの指示に従ってスタジオアシスタントがドラムの各パーツにマイクのセッティングを始めます。その頃にはドラマーもドラムセットに座り、必要に応じてチューニングを始めます。

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写真提供:中島 睦

副調のエンジニアは、ドラムの各チャンネル立ち上げつつマイクチェックをして、音決めを始めていきます。タムやスネア、バスドラムなどのパーツの音量レヴェルが、ある程度見えてくれば、エンジニアはドラマーにリズムパターンで叩いて欲しいとお願いします。

ドラマーが、各パーツを平均して叩くリズムを刻み始めると、エンジニアは凄い速さで卓上のイコライザーを調整していきます。いや、RECほぼ初参加の僕でも、フェーダー上げ下げすれば音が大きくなったり小さくなったりは判ります。

でも、その上のツマミをほんの1、2ミリ動かして何が変わるんですか? いや僕には変化が判んないです。

で、ラックの中に入っているデジタル数字が変わるエフェクター。

え? ディレイ? リヴァーブ? その数字一つ変えてどうなるんですか?

え? 深みが変わる? ふーん、全く違いが判んないんですけど…。

さらにエンジニアが横に待機してるアシスタントに言います。「ベードラのマイク、もう1センチ下げて…。」するとアシスタントは、ドラムブースに飛んで行きます。

「これでどうすか?」

「あ、下げすぎ」いや僕にはその違いホントに判らないです。

さらにコンソールのつまみをいじり、調整を続けるエンジニア。

30秒後…。あれ、なんか音が馴染んできた…。さっきと全然違う。あ、めちゃ気持ちいいです、ドラムの音…。

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写真提供:中島 睦

本当に耳の良い、ベテランのプロエンジニアはドラマーのテクニックやその楽器の鳴りに合わせて、録音する音を「創造している」のだと気が付いた出来事でした。

<スタジオアシスタントの神業>

REC時にはパンチイン、パンチアウトという作業がよくあります。

曲の中で直したい部分だけを「上書き」して録音する事で、基本はそのトラックの無音の部分から録音をスタートし、また無音の部分で録音を終了する事。その間は新しい音源が録音されている訳です。

デジタルマルチレコーダーになってからは本当に楽になりましたが、アナログマルチの時代は熟練の技を必要としました。

基本はスタジオのアシスタント君が行いますが、録音開始や解除の場所を間違えるとOKテイクの音源を失う事になるので、かなりの緊張を伴うのです。

アシスタントはもちろん譜面の行き方を理解してなければいけないし、曲を把握してなければなりません。たまにミスるのがチャンネル(トラック)の選択とか、1コーラス目と2コーラス目を間違える事。これは痛いです。

あとは、例えばギターソロダビングの最中に、「始まって4小節目の頭からインして、8小節目のウラで抜いて」などと言われる場合。

音楽をよく判ってないアシ君だと「そこはウラじゃなくてアタマだ!」とブ?スから罵声が飛んで来たりします。

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写真提供:中島 睦

しかし、伝説にもなるアシスタントは、さすがに違うのです。

音が繋がっているのに「あ、同じ様に弾いててください」とか言って、全く違和感なく、いつの間にかパンチインアウトをやってのけたりします。

ベーシスト「えーと1カッコの4小節目と5小節目やります」
5秒後、アシスタント「はい、では4つ前から出ます」
録り終えて3秒後「プレイバックします」

コンピュータじゃないんですよ、テープが回る3348での作業です…。

あとベテランエンジニアが「○○君、あれ」と言っただけで、リヴァーヴだのパッチの設定だのを要望通り変えちゃう人もいました。
エンジニア「仮歌のリヴァーブ、〇?〇?にしてー」
するとアシ君、ケーブル5、6本ひっつかんで、ケーブル刺す穴いっぱいのボードのどこかにバチバチ刺していきます。
5秒後、「19、20で。あと〇?〇?も立ち上げときます、21、22です」(数字はチャンネルナンバー)頼まれてないけど先にやるのです。
エンジニア「あーと、あれあったっけ、このスタジオ? えーと、あれ」
アシスタント「はい、あります。24、25で」もう訳が判りません(笑)

作業工程を熟知しているので次やる事を、言われる前に準備しているのです。

また、レコーディングに煮詰まって、ちょっと飯でも食って気分変えようとする時、アレンジャーが「腹減ったな、ご飯頼もう」と言った瞬間に、出前のメニューが出てくるとか当たり前。同時に「あ、今日は○○軒お休みです」などと言いつつ、お茶を淹れる準備を始めるのです。

何日も続くもっと長丁場のRECになるとアレンジャーが「よしっ!」といった直後に、「あ、肉野菜定食でいいすか? 〇〇さん(エンジニア)はかつ丼ですよね? 昨日ニラレバだったんで。じゃ他の方の分、聞いてきます!」などと対応するのです。

そりゃアレンジャーやエンジニアから、アシスタントの指名もされるわけです。

<シンセオペレーター・マニピュレーターのあれこれ>

80年代に入ると、いわゆる「打ち込み」が主流になっていきます。打ち込みの語源となったMC4というシーケンサーがありました。

ある日Keyのダビングでスタジオへ行くとアレンジャーとエンジニアは、ぼーっとコーヒー飲んでおり、シンセマニュピの若い子が一人でMC4の打ち込み作業をしています。マニピュレーターは10キーによる譜面の打ち込みを異常な速さで行っているのです。

その速さたるや「10キー早押し選手権」があれば優勝するレベルです。もちろん手元は見ていません。なんと、譜面を見ながら音符を脳内変換(!?)で「数値」にして、10キーを打って、シーケンスを記憶させているらしいのです。

アレンジャー「ねー、あとどれくらいで終わるの?」。
マニピュレーターくん、譜面の最後までをざっと見ながら「そうすね、あと…13分です」
え? と思った僕は、時計をチェックしました。

ちょうど13分後、マニュピレータくん手を止めて、「終わりました!」
そんな超人的な技を持つ人も存在しました。

80年代中期は様々なメーカーから、様々なシンセサイザーやサンプラーやシーケンサーが次々と発売されている時代でした。

いくつかあったシンセオペチームはそのような楽器やデジタル機器を買い漁り、ラックに詰めてスタジオへ大量の機材を持ち込むのが常でした。まあ、ある種の競争ですね。

「で、そこのきみ、シンセ屋くん。なんでそんなにいっぱい鍵盤の付いた楽器持ち込むの?えーと、もう並んでるの8個目だよ…、誰が弾くの?」

「え? 誰も弾かない? その上、なんか綺麗に段々にしてるけど、今日ひな祭りでも何でもないよ?」

「あ、音出た、おー良いねー、イイ感じー。え? これじゃダメなの? 違うの鳴らすの? え、でもさっきと同じじゃん。ぴーって」

「え?全然違うって?いやほぼ同じじゃん。どっちでも良いじゃん。あ、また違うやつ鳴らすの? なんでー…?」なんて事を呆れて話してた時代でした。

その頃から僕はスタジオに出入りする回数がめっきり減っていったのです…。

レコーディング雑記、長期の連載、ご愛読ありがとうございました。
また別のテーマで書かせていただける機会があれば幸いです。


■ Profile ■
中島 睦(なかじま・むつむ)
東京都出身。大学在学中に、音楽制作のアシスタントを始める。
竹内まりや独身期のマネージャーを務め、その後、音楽制作・コーディネイト会社に入社。松任谷由実、久保田利伸始め、数多くのコンサートコーディネイトを担当し、数十枚のCD音源制作ディレクション・プロデュースを手掛ける。またプロミュージシャン・アレンジャーのマネージャーなどを兼任。
2002年ライブバー、渋谷WastedTimeを立ち上げるが、2016年5月惜しまれつつ閉店。
現在はフリーランスで音楽制作プロデュース、ライブハウスのブッキング等を行っている。

中島 睦
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