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《コラム》ダボハゼ見聞記 第10回『恩師を訪ねて』

七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマー、ダボハゼのぺぺさんが、好奇心の赴くまま、自ら見て、聞いて、体験したことを、シニア世代の本音として、また団塊世代の視点で綴る不定期連載コラムです。今回のテーマは、『恩師を訪ねて』。

昨年から、T先生と連絡がとれない。家に再三電話をし、着信音は鳴っているのだが、誰も出ない。T先生とは、オイラの小学校1年から4年生までの担任であった先生である。新型コロナウイルスの第2波が予想される中、心配になって急遽T先生を尋ねることにした。

思い出

オイラが小学校1年生になってすぐ、それまでの担任の先生が結婚で急に辞められ、その後任としてT先生が赴任された。恐らく大学を出てまだ2、3年しか経っていない、若くて美しい先生だった。

当時の思い出として、こんなことがあった。1年の時、遠足で栗拾いに行くこととなった。ところが運悪くオイラは熱を出し、欠席した。後日、授業で遠足の絵を描く課題が全員に出された。オイラも想像しながら、栗拾いの絵を描いた。それを見たT先生が「Iさんは、遠足に行けなかったのに、こんなに上手に絵を描きましたよ。」とおっしゃって、オイラの絵を褒めてくれたのだ。それまで、オイラは、幼少の頃から悪ガキ(「下駄郎さん」と呼ばれた。)で幼稚園ではあまりにも悪さをするので、教室の柱に縄で縛り付けられたこともあった。今のご時世では考えられない対応である。そうした悪ガキだから、人から褒められたことがない。それが、生まれて初めて褒められた。しかも先生から!このことは、以前にも見聞記に書いているが、劣等生だったオイラにとって自信になったのは言うまでもない。

イラスト/いらすとや

大学に合格した時、T先生にこのことを手紙にしたためた。T先生からも教え子からこのような手紙をもらって、教師冥利に尽きるとの返事をいただいた。

その後、オイラがクラス会の幹事の一員となって、T先生を囲んだクラス会を何度か開催し、結婚式にもお越し頂いた。毎年、年賀状と暑中見舞いの挨拶を几帳面にされていた。

急な訪問

それが、一昨年あたりから、先ず暑中見舞いが来なくなり、年賀状が続けて何枚も来るようになった。でも、電話をすると、お声はお元気そうだった。ただ、その時の話では、腰を痛め、近くの整形外科に杖を付いて通院されているとのことだった。オイラも、T先生が電話口に出られるのを慮って、電話するのを控え、ハガキで連絡を取るようにした。しかし、それもいつの間にか、なしのつぶてになった。

イラスト/いらすとや

今年になって、新型コロナウイルスが猛威を振るっている。特に高齢者がかかると重症化するとのことから、T先生は大丈夫か心配だった。

家電が鳴るということは、誰かいるはずと思い、急遽思い立ち高速を飛ばした。もう、数十年お宅には訪問していないが、土地勘はあった。仮に誰もいなくても、オイラに連絡をもらいたいとのメモを記入した名刺を投函するつもりだった。ようやく探り当てた家に電気が点いている。すると初老の男性が2階で洗濯物を干している。声をかけたら、下に降りるという。しばらくすると、その男性が玄関を開け、オイラを招き入れた。どうやら、息子さんらしい。


事情を話すと、恐縮され、現在の状況を説明された。T先生は、今、リハビリ施設に入居中だという。一昨年に大腿骨を骨折し、歩行が困難となり、認知症の症状が出ていて、 息子さんしかわからないようだ。その息子さんもコロナ禍でなかなかお会いできないそう。 今年先生は90歳になられるとのこと。すると息子さんが現在の先生の写真を見せてくれた。笑うと目がカモメ2羽飛んでいる形になる優しいお顔は、お変わりなかった。安心した。


厳しい現実

先生のご主人、息子さんのお父様について尋ねると、そこにいらっしゃると目で合図された。ご主人も相当なお歳だ。施設に入るまでもないが、介護を必要とされる状況であることが瞬時にわかった。息子さんも恐らくリタイヤし、今は介護に専念されているのだろう。

厳しい現実を突きつけられた。脳天気にT先生にお会いしたいと思い、相手の事情も考えず、突然訪問したオイラだった。詳しい事情はわからないが、息子さんは、ご両親の介護で手一杯のようだった。電話に出ないことをしきりに弁解されていたが、このような状況であれば、それもむべなるかな・・・・

先生にお会いしたいオイラの願いも、これ以上求めることは傲慢であることを悟った。

介護は、毎日のことだ。しかも、親であることから、逃げられない。息子さんの心労は如何ばかりであろう。2040年には、高齢者の4人に1人が認知症となる。団塊の世代であるオイラもそれに含まれる。

帰路、西の空が久しぶりに夕焼けに染まった。人生の黄昏がこれから始まる・・・・

文:ダボハゼのぺぺ

■ Profile ■
ダボハゼのペペ(だぼはぜのぺぺ)
東京都江戸川区の小岩生まれ。年齢不詳。クラウン、日本シャンソン協会正会員、元・笑い療法士など、七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマーとして、福祉施設や老人ホームなどでボランティア活動を行う。シャンソン歌手としてライブにも出演。2010年より「カーボンオフセット・コンサート・アソシエーション」を立ち上げ、地球温暖化防止推進団体へ寄付するためのコンサートを主催する。
公式Facebookページ

■ダボハゼ見聞記 バックナンバー
第1回「ボランティア活動」
第2回「リタイア後」
第3回「同窓会」
第4回「ほらほらあれあれ」
第5回「新年を迎えて」
第6回「団塊の世代」
第7回「前立腺がん顛末記」
第8回『お帰り! 寅さん!』
第9回『コロナと生きる』

下へ続く
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