趣味や愉しみ

《シニア・シネマ・レポート Vol.06》
影の大統領と呼ばれた男を描いた映画『バイス』

いま、シニア世代をテーマにした映画が増えています。そこで、実際にシニア世代の人と一緒に鑑賞し、その作品の感想を語ってもらおうという企画です。同世代にしか語れない、シニア視点のちょっと変わった映画紹介コーナー《シニア・シネマ・レポート》。今回、アメリカの第46代副大統領チェイニーを描いた『バイス(原題:VICE)』を、70代のユーチューバー・成羽さんと一緒に観てきました。

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映画『バイス』は、2019年4月5日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

実話を元にした社会派ブラック・エンターテイメント

今回、こ?紹介する『ハ?イス』は、第46代副大統領(2001-2009)のテ?ィック・チェイニーを描いた伝記映画て?、第91回アカテ?ミー賞に8部門ノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した注目の作品。主演のクリスチャン・ヘ?ールか?、役作りのために20kg増量したり、髪を剃って眉毛を脱色するなと?、見た目も所作も完全に演し?きっていることて?も話題となっています。

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ディック・チェイニーを演じる主演のクリスチャン・ベール/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

2001年9月11日に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」をきっかけに、その後のアメリカを、そして世界を大きく変えた中心的人物こそがディック・チェイニー副大統領と言われています。これまでの副大統領といえば、大統領に、もしものことがあったら職務を代行する「大統領の死を待つのが仕事」と揶揄されるようなポジション。しかし、チェイニーは、その目立たない副大統領の地位を利用して、大統領を操り、強大な権力を得て、戦争や世界情勢を変えてしまいました。

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ディック・チェイニーは、ジョージ・W・ブッシュ大統領の副大統領でありながら、ほとんどの実権を掌握していた/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

この映画『バイス』では、テロや戦争などのショッキングなシーンもありますが、シリアスな政治劇だけではなく、学生時代からチェイニーを影で支えてきた妻のリンの姿や家族との絆など、彼のプライベートな面も描かれ、ただの善悪だけの話でもありません。また、ところどころにユーモアや風刺を混じえた演出もあって、観る者を飽きさせないエンターテイメント作品となっています。

ディック・チェイニーは、1941年生まれ、現在78歳。シニア世代にとっては、この映画で描かれた歴代のアメリカ大統領や数々の事件は、リアルタイムで見聞してきたことばかりのはずです。あの時に見たニュースの裏側では何が起こっていたのか、そんなことを考えながら鑑賞するのもシニアならではの楽しみ方かもしれません。

映画『バイス』予告編/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

世界を変えた事件の裏側には何があったのか

今回も70代のユーチューバー成羽さんと一緒に試写会に行ってきました。会場は満席状態で、映画ファンの皆さんの期待の高さが伺えました。そして、いつものように鑑賞後は成羽さんと作品の感想を語り合うことに。

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『バイス』の試写会場で配られたチェイニーのお面を手にするユーチューバーの成羽さん/撮影:弓削ヒズミ

●まず、映画を見終えていかがでしたか。

成羽 話の時代が前後したり、情報が詰め込まれていて、頭の中が混乱しちゃいましたが、132分という長さも、あっという間の感じでしたね。

●映画の中で一番驚いたことは何ですか。

成羽 チェイニーさんの姿を見て、誰かに似てるなと思っていたら、『ダークナイト』シリーズでバットマンを演じられていたクリスチャン・ベールさんで、人はここまで変われるのかと驚きました。太った方特有の声の出し方や動きになっていて、とてもリアルでした。でも、市民を守るためにと暴力や非情な判断をしたチェイニーさんとバットマンは、ある意味似ているのかもしれませんね(笑)

●非情な副大統領も家族に対しては違った一面を見せていました。

成羽 若い頃に乱暴者だった彼が、奥さんの願いに従って、議会でドンドンとのし上がる姿を見ると、本当の実権は奥さんが握ってらっしゃるのかなと思いました。チェイニーさんが影の大統領なら、さらに、その影の存在が奥さんなのかもしれません。映画の中で一番感情移入できたのは奥さんでした。

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ディック・チェイニーとは高校時代から付き合っている妻のリン(左)。妻の励ましが夫を支え続けてきた/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

●娘さんを守る姿もよかったですね。

成羽 娘さんを政争の矢面に出したくなかったから、せっかく築いてきた地位を捨ててしまったところを見ると、とても家族を大事にされていたのではないでしょうか。

それと家族で思い出したのですが、チェイニーさんがまだ幼かった娘さんたちと一緒に釣りに行って、針にミミズをつけながら、「このミミズで魚を騙すんだ」と言うシーンがありましたね、あれと、政界引退後にインタビューを受けてるシーンが重なりました。私は米国民のためにやったことだから謝罪はしないというセリフと、魚を騙すんだという言葉が繋がっているのかしら。政治とはそういうことかと思いました(笑)

●チェイニーさんの趣味である釣りのシーンを使った演出が多いのも特徴でした。

成羽 そうそう、ブッシュさんが大統領に出馬を決意する際にチェイニーさんを副大統領に誘う場面では、獲物がかかるのをじっと待つようなチェイニーさん、対してブッシュさんはまるで餌にかかる魚のようで笑っちゃいました。それにブッシュ大統領を演じた役者さんもすごく似ていました。

●映画の中では、副大統領の権限に有利な法案や法解釈がどんどん決まり、怖かったですね。

成羽 法の抜け道を探りながら、拷問が行われたり、人としてみていないようなことが次々と行われて、すごく怖いと思いました。

●日本でも同じようになったらどうですか。

成羽 知らなければ幸せですが、でも知ってしまったら国外に逃げたいです。とにかく考えさせられます。

●成羽さんは映画の中のチェイニー副大統領をどう思われましたか。

成羽 私はチェイニーさんはどこか憎めないし、野心家は好きですね。やったことの良し悪しは別として、どうせやるなら中途半端じゃなくて、あそこまで突き進めたのは見事だなと思いました。「善人短命、悪人長命」という言葉もありますが、心臓発作を繰り替えしても何度も復活して、政治家というのは心臓が強くないとやっていけないんでしょうね。

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チェイニー副大統領のパネル前で記念撮影するユーチューバーの成羽さん/撮影:弓削ヒズミ

●この映画の中で、9.11 アメリカ同時多発テロ事件が描かれていましたが、当時の成羽さんはどうされていましたか。

成羽 外資系の会社に勤めていた頃です。オフィスはガラス張りの高層タワービルの中にありましたが、9.11があってから、急にオフィスが引っ越しまして、それまで他部所も一緒に同じビルにいたのが都内各所にバラけてしまいました。もちろんオフィスの出入りもセキュリティが厳しくなりましたし、勤め先を家族にも教えられないような時期もあったんです。

●9.11を境に一つの政党に偏ったメディアが登場しましたが、ユーチューブで情報を発信する同じような立場の人間としてはどう思いましたか。

成羽 あくまでも自分の中での話ではあるのですが、私も反省する部分がありまして、あまりワンマンに、私は、私は、ではいけないのかなと、もっと謙虚になろうと思いました。ライブ配信をやっていると、「だんだん成羽さんが遠くに行ってしまう」と言われることが増えてきています。私はいつも通り変わらずやってるつもりなのですが、ときどき自分を振り返るようにしています。

●最後に成羽のチャンネルの視聴者さんにはどうすすめますか。

成羽 いや〜伝え方が難しいですね。観てもらうのが一番なんですけど、とにかく、展開が早く、事象が多いので、とても頭の運動になります(笑) 同時多発テロ事件から20年近くが経っているので、忘れていることもありましたし、シニア世代の方だと、あの事件の裏側はこうだったのかという楽しみ方もありますね。皆さんがご覧になってどう思われるか、いろいろな考え方ができる映画なのは間違いないです。

映画『バイス』/(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

世界を大きく変えてしまった男の実話であり、エンターテイメントでもある話題の映画『バイス』は、2019年4月5日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開です。ぜひ、映画館に足を運んでみてください。

文=弓削ヒズミ(編集部)2019年2月18日取材


映画『バイス』

監督・脚本・製作:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーブ・カレル、サム・ロックウェルほか
アメリカ/2018年/132分
2019年4月5日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

■シニア・シネマ・レポート バックナンバー
《Vol.01》『輝ける人生』《Vol.02》『ガンジスに還る』《Vol.03》『十年 Ten Years Japan』《Vol.04》『葡萄畑に帰ろう』《Vol.05》『天才作家の妻』《Vol.06》『バイス』《Vol.07》『僕たちのラストステージ』

■ Profile ■
成羽(なりわ)

1945年生まれ。2015年にユーチューバーとしての活動を開始。1人でスマホを使って、撮影から動画編集まで行っている。2018年10月時点で、チャンネル登録者約5,000人、視聴回数1,340,000回を数える。趣味は、書道、チョークアート、旅行など多数。書道は師範の免許を取得する腕前だとか。何事にも好奇心旺盛。PERSOL Work-Style AWARD 2019 シニア部門受賞。
成羽のチャンネル

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