趣味や愉しみ

《シニア・シネマ・レポート Vol.14》
『METライブビューイング2019-20 プッチーニ《トゥーランドット》』

いま、シニア世代をテーマにした映画が増えています。そこで、実際にシニア世代の人と一緒に鑑賞し、その作品の感想を語ってもらおうという企画です。同世代にしか語れない、シニア視点のちょっと変わった映画紹介コーナー《シニア・シネマ・レポート》。今回は団塊世代である私、ダボハゼのペペが試写し、レポートいたします。

トゥーランドット (c)Marty Sohl/Metropolitan Opera

METライブビューイング 2019-20シリーズの皮切りは、プッチーニの《トゥーランドット》。11月15日から新宿ピカデリー・東劇ほか全国で上映中ですが、公開に先立ち11月6日にプレミア試写会が行われました。試写会には、MET音楽監督・指揮者のヤニック・ネゼ=セガンが登壇しました。

冷酷な姫君の謎に挑む流浪の王子!METが誇る超豪華プロダクションを最高のキャストで!

トゥーランドット (c)Marty Sohl/Metropolitan Opera

フィギュアスケートでおなじみの〈誰も寝てはならぬ〉からスペクタクルな大合唱まで、イタリア・オペラのすべてが詰まった名作がオープニングを飾る!名匠F・ゼフィレッリが遺した絢爛豪華なプロダクションはMETの貴重な財産。美声のドラマティック・ソプラノC・ガーキーが「氷の姫君」トゥーランドットを演じ、MET音楽監督Y・ネゼ=セガンが大オーケストラを沸かせる。METの《トゥーランドット》を観ずして、オペラを語るなかれ。

MET音楽監督・指揮者ヤニックがにこやかに登壇

気さくな ヤニック・ネゼ=セガン /撮影:ダボハゼのペペ

 司会朝岡聡の紹介を受けると、ヤニックが満面の笑みで登壇。金髪を短く刈り込み、エトロのジャケットを颯爽と着こなし、指揮者というより、ニューヨーカーみたいで、気さくな若者?(44歳)という感じです。
 MET音楽監督・指揮者は、長い間、カリスマ性のあるジェイムズ・レバインが務めていたが、辞任。後任に若き天才指揮者を迎え、新たな展開を見せようとしています。

 インタビューは、司会者からの質問によってヤニックが答える形ですが、その間も笑を絶やさず、一問一問丁寧に答えていました。

 やりとりは以下の通り。

司会/浅岡聡:まずは日本の皆様に一言お願いします。

ヤニック:今日は皆様とご一緒出来嬉しく思います。東劇にようこそ!
日本の聴衆は世界で最高のお客様だと思います。

司会:金髪の頭に素敵なジャケット、おしゃれですね。

ヤニック:買ったのはニューヨークですが、これはイタリア製で、エトロのジャケットです。

司会:今回彼はフィラデルフィア管弦楽団の指揮者として来日、昨日まで3日間連続で公演されてます。京都と東京公演でしたね。なにか美味しいものを食べられましたか?

ヤニック:京都は大好きでした。初めて京都に行きましたが、お寺が良かった。もちろん料理も美味しかったですし、器も素晴らしかった。

司会:今日が唯一のオフの日なんですね?

ヤニック:そうです。コンサートツアーで来ていますが、聴衆の皆様にいい音楽を届けるためには、こうした休みも必要です。

司会:MET音楽監督に就任して2年ほど経つようですが、このシリーズに向けての抱負をお聞かせください。

ヤニック:学生の頃から、MET音楽監督になるのが夢でした。今フィラデルフィアとMETの両方の音楽監督を兼ねています。音楽監督に就任して今シーズンで2年目になりますが、来年からは1年に6演目を指揮することになり、その多くがライブビューイングで配信されますので、皆様とお会いできると思います。

司会:今まで一番印象に残ったオペラは何ですか?

ヤニック:子供の頃オペラを見て感動したのは、オペラの大きさ、スケール感、長大さです。このトゥーランドットもオーケストラも合唱も舞台も大きいです。そういうところが大好きですし、幸せな気分になります。大きいことは素晴らしいです。

司会:METの舞台は大きく、合唱もあり、オーケストラも目の前にいる。そうした中で指揮者としていろいろ目配り、気配りしなくてはいけないですが、そのへんはいかがですか?

ヤニック:もともと大変な仕事です。考えることはたくさんあります。目の前にピットがあり、ステージがあり、合唱があり、オフステージに子供の合唱もあり、別のコーラスとして聴衆の裏手にあるドームというところにも。

 METで指揮するということは、見え方が非常に重要。多くの人に自分の姿を見てもらわなければいけないし、自分が求めていることを伝えなければならない。METの大きな舞台の中で自分の動きがちゃんと伝わらないといけない。自由な音楽でなければいけないが、みんなが見えなければいけない。大変な仕事です。

司会: マエストロが稽古する際に、実に歌手のみなさんが気持ちよく納得して歌っていますが、なにか工夫されているのでしょうか?

ヤニック:雰囲気作り、過程は大切です。それぞれのコミュニケーションが大事ですし、私のビジョンを押し付けるということではなく、大きな道筋を示すことです。みなさんからインプットをいただき、歌手の方もいろいろなアイデアを持っています。いわば料理で言えば、素材を集めて私が美味しい料理を作るということかもしれません。

司会:プッチーニのオペラは泣かせる場面が必ずありますが、その際のオーケストラの極意はあるんでしょうか?

ヤニック:この作品が特別であるのは、プッチーニ自身が最後の作品であろうと思っていたからだと思います。我々が泣く場面は、リューが亡くなったあとにあります。素晴らしい作曲家というのは誠実です。私も誠実に、その感情を自分でも感じなければいけない。感情というのは人に押し付けられるものではない。

 私も自分で生きながら、オーケストラ、合唱、ステージのみなさんにそれが伝わるようにする、そうすると感情が伝わって行く。これは「言うは易し」ですが、我々は、プッチーニやヴェルディ、私たちに深く触れる作曲家がいたということ、幸せだと思わなければいけませんね。

司会:こういう話を聞くと、この方と是非一緒に仕事をしたいと思われるのではないでしょうか。マエストロ、ありがとうございました。

荒川静香が金メダルをとったあの曲

 さて、ライブビューイングの方ですが、プッチーニの<トゥーランドット>。有名なあのアリア『誰も寝てはならぬ 』 を耳にした方は多いでしょう。第3幕でカラフ役のユシフ・エイヴァゾフ(テノール)が「誰も寝てはならぬ・・・・おお、夜よ去れ!星よ沈め!夜明けと共に私は勝つ!私は勝つ!私は勝つ!」と切々と訴えるのだが、このアリアは、ルチアーノ・パヴァロッテイの歌があまりにも有名で、どうしても彼と比較されてしまうのが辛い。ユシフ自身もパヴァロッテイの歌は最高だと言っている。が、どうしてどうして彼も立派にこなしていました。

ヤニック・ネゼ=セガン /撮影:ダボハゼのペペ

 オペラの醍醐味は、ソリストの歌声だけでなく、総合芸術としての仕掛けにあると思いますが、METという大舞台でその仕掛けを思う存分に展開したのが、かのフランコ・ゼフイレッリです。豪華絢爛たる中国の宮中を舞台所狭しと創設しています。彼は残念ながら今年逝去(96歳)しました。昔彼の演出でヴェルディの「アイーダ」を新国立劇場で観たことがありますが、その凱旋の場面で、舞台に本物の馬が登場したのには驚きました。

自己犠牲の愛ほど心を打つ

 タイトルロールのトゥーランドット姫役のクリスティーン・ガーキー(ソプラノ)。第3幕三つの謎解きの場でカラフとの二重唱、あの長いアリアを歌い上げるには、技術的にも体力的にも、相当な鍛錬が必要であることがわかります。

 ともすれば、主役のトゥーランドットとカラフに目が行きそうになりますが、この物語の伏線となっているのが、女奴隷リュー(エレオノーラ・ブラット:ソプラノ)のカラフへの献身的な愛です。

 第3幕でのリューのアリア「心に秘めた大きな愛です」や「氷のような姫君の心も」は、美しい旋律とともにリュー役のエレオノーラの悲痛に満ちた切々たる歌声が胸に響くのです。プッチーニはむしろ、主役の二人よりリューの歌うアリアに心を注いだのではと思われるくらいです。実際、プッチーニは、リューが自害するまでしか書いていません。彼はこの作品が完成する前に亡くなっているのです。


《トゥーランドット》の あらすじ■
伝説の時代の中国、北京。絶世の美女として知られる皇女トゥーランドットは、求婚者に謎をかけ、解けないと殺してしまう恐怖の姫君でもあった。戦に敗れて放浪していたダッタン国の王子カラフは、流れ着いた北京で、生き別れになっていた父ティムールと、父に従う女奴隷のリューに再会する。しかし再会の喜びも束の間、カラフは姿を現したトゥーランドットに魂を奪われてしまう。ティムールやリューの制止もきかず、カラフは謎解きに挑戦するが…。

クラウン ダボハゼのぺぺから見て

 このオペラでもう一つ重要な役回りを演じているのは、宮中の大臣であるピン、パン、ポンの3人です。クラウンであるオイラにとっても、とても興味深い3人です。

 彼らはコミカル且つ皮肉屋で、この重苦しい雰囲気を和ませる狂言回しの役割を担っています。

 彼らの原型は、伝統的なイタリア演劇「コンメディア・デッラルテ」の登場人物から来ていると言われています。アルレッキーノといった仮面を付けた道化師は、 クラウンの原型とも言われています。彼らの即興劇は、シェークスピア劇など様々な分野に影響を与えています。

 こうした狂言回しが、トゥーランドットという冷酷な姫が次々と求婚者の首をはねる非情で残酷な物語にアクセントを与え、観ている我々を飽きさせない仕掛けとなっています。

METライブビューイングの楽しみ方

 METライブビューイングの楽しみは、ソリストを初め登場人物の表情が手にとるようにわかることです。しかも低廉です。むろん、生の舞台にはその場の雰囲気という面では負けるかもしれませんが、生の舞台では窺い知れない表情が見えるのです。逆に見えない方がいい場面もありますが・・・。 

 また、METライブビューイングは、幕間にソリストや指揮者等のインタビューがあるほか、舞台裏を見せてくれるのです。普段窺い知れない舞台裏が見えてとても興味深いです。実に多くの裏方さんが働いていることがわかります。莫大な費用がかかっていることも窺えます。 

 今回の<トゥーランドット>を観て、オペラの壮大さ、華麗さ、総合芸術としての偉大さがよく分かりました。読者の皆さんも是非劇場に足をお運びください。

文:ダボハゼのぺぺ

■Profile■
ダボハゼのペペ
(だぼはぜのぺぺ)
東京都江戸川区の小岩生まれ。年齢不詳。クラウン、日本シャンソン協会正会員、元・笑い療法士など、七つの顔をもつヴォーカル・パフォーマーとして、福祉施設や老人ホームなどでボランティア活動を行う。シャンソン歌手としてライブにも出演。2010年より「カーボンオフセット・コンサート・アソシエーション」を立ち上げ、地球温暖化防止推進団体へ寄付するためのコンサートを主催する。
公式Facebookページ

■映画情報
プッチーニ 《 トゥーランドット 》
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:フランコ・ゼフィレッリ
出演:クリスティーン・ガーキー、ユシフ・エイヴァゾフ 、
エレオノーラ・ブラット、ジェイムズ・モリス
日本上映期間:11月15日(金)~ 11月 21日(木) ◎ 東劇のみ 11/28 までの 2 週上映
MET上演日:2019 年 10 月 12 日 ※キャストは余儀なく変更されることがございます。
配給:松竹

11月15日(金) 新宿ピカデリー・東劇ほか全国にて 10 作 順次 “開演”

■シニア・シネマ・レポート バックナンバー
《Vol.01》『輝ける人生』《Vol.02》『ガンジスに還る』《Vol.03》『十年 Ten Years Japan』《Vol.04》『葡萄畑に帰ろう』《Vol.05》『天才作家の妻』《Vol.06》『バイス』《Vol.07》『僕たちのラストステージ』《Vol.08》『パリ、嘘つきな恋』/ 
《Vol.09》 『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』 /《Vol.10》『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』  /《Vol.11》『英雄は嘘がお好き』  /《Vol.12》『エセルとアーネスト ふたりの物語』』  / 《Vol.13》『新・幸四郎と猿之助が魅せる 若者の孤独と狂気の物語『女殺油地獄』

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